漆器屋 小谷口剛氏の椀


Voigtlander NOKTON classic 40mm F1.4 / SONY α7S

漆器屋 小谷口剛さんの椀。長野のパンと日用品の店wazawazaオンラインストアで購入。本日手元に届いた。
大小二種類あった、大の方。
飯椀とのこと。欲しかったデザイン。

うるしのうつわ うたかたの日々の泡 山中漆器屋。漆器専門家。国産の木と漆、下地も全て国産自然素材。  椀(大)(小)

漆器についてはよくわからない点が多く、何を信じていいのかもよくわからないんだけど、いろいろな点から鑑みて、
自分には現時点でもっとも本物と思える漆器。

とにかく、本物の漆器を試してみたかった。
長きにわたって探し求めていた道具を手に出来てうれしい。
本日より試してみる。

Peace!!
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無病法 極少食の威力

「無病法 極少食の威力」
ルイジ・コルナロ (著),‎ 中倉 玄喜 (翻訳)
PHP研究所
より抜粋

(前略)
102歳を生きた偉大なルネサンス人
ルイジ・コルナロの食生活と教訓

ルイジ・コルナロ
Luigi Cornaro (1464-1566)
ルネサンス期イタリアの貴族。ヴェネツィア共和国パドヴァ市の行政長官などをつとめる。
暴飲暴食にあけくれた結果、30代でさまざまな成人病をわずらい、40代で生死の淵をさまよう。医師の忠告により節食生活を実践し、病を克服。当時としては異例の102歳の天寿をまっとうした。その体験を綴った著書は国内外で大きな反響をよび、後にフランシス・ベーコンやニーチェも言及しているほどである。



講話㈠:食を節することの重要性について(八三歳の時)
「なにごとであれ、くり返し行われることは、やがて習性となり、そしてついにはそのことによって、人の運命を決定的に左右する。このことはよく知られていることである。
たしかにわれわれは、習性が理性にまさる場面をよく目にする。たとえば、かつては真面目だった者が、悪い仲間と交際することによって、かれらと同じ悪しき行いに染まる、といったことが見うけられる。また、これとは逆の例もある。さらにまた、右のように悪しき行いに染まった者も、ふたたび真面目な仲間と交わることによって、以前の良い品行にもどるといったこともある。
以上のような例は、習性は、つまり一般にいう習慣というものが、われわれの人生においていかに大きな影響をおよぼすものであるかを、じつによく物語っている。


食生活は健康だけでなく人生全体に影響をおよぼす
私は、この習慣の力、なかでも飲食における不節制がもたらす深刻な影響について長年痛感してきた。そしていま、その害をひろく世の中に訴えるべきだとの思いから、ここにこうしてペンをとった次第である。
いうまでもなく、不節制が飽食へとつながることは、世のだれもが認めていることである。しかしながら、世間には習俗や通念というものがあって、それによれば、不節制すなわち飽食はむしろ良いことのように思われているふしがある。反対に、節制すなわち少食といえば、往々にして、なにか身分の低い者がすることか、あるいはケチな人種の行為のようにみなされている。
そうしたわけで、多くの人が飽食へとおちいっている。そのため四〇、五〇になると、さまざまな病をかかえるようになり、最後には耄碌して、廃人のようになっている者が少なくない。こうした状況は、じつに嘆かわしい。

では、いったい、以上のような状況を改善するには、どうしたらよいのだろうか?
それは、自然が命じている単純な食生活へともどることである。つまり、生命を支えるのに最小限の量で満足するよう、みずからを習慣づけることが大事だ。

飽食はいかなるものでも病気の原因となり、死期を早める。節度のない飲食が原因で人生の盛りにこの世をさらざるを得なくなった友人たちを、私自身、多数目にしている。
かれらは、人格、才能とも、超一流の人物たちであった。もしかれらが食に気をつけた生活をおくり、いまもなお生きていたとしたらな、この国の輝ける星となっていたことだろうし、また、私もかれらとの交際をなお大いに楽しんでいることだろう。そうしたことを考えると、まことに残念でならない。

くり返しになるが、そういう次第で、私はこの短い『講話』をもって、飽食の害を指摘し、昔の素朴な食生活へともどる必要性についてお話ししたいと思っている。
周囲の状況もこうした私の努力を助けてくれている。なぜなら、自分たちの両親が人生半ばでこの世を去っているのに、かたや私が八三という年齢で非常に健康、快活な生活を送っているのを目の当たりにしている多くの優れた青年たちが、私にたいし、私がいまの至福の境涯にいたった秘訣をぜひとも話してくれるように求めているからである。
そういうわけで、かれらだけでなく、この『講話』に興味をもつと思われるすべての人々のためにも、私はここに、健やかな長寿をもたらす、その秘訣を公開した。

ではまず、なぜ私が飽食をしりぞけ、極端な少食へと切り替えることになったのか、そしてその結果、どのような素晴らしい効果を経験することになったか、についてお話しよう。そのあと、悪習慣を断つことがそれほど難しいことではないこと、そして最後に、節制を基本とする生活がもたらす数々の恩恵についても述べてみたい。


危篤でやむなく食事を最小限に
私が放縦な生活をやめた理由は、なにより、そのために深刻な病気におちいったからにほかならない。まことに、それまでの私の食習慣は不節制の一語に尽きた。その結果、胃がおかしくなって、しばしば激しい痛みにみまわれ、そして間もなくすると痛風なども出てきて容態がいちだんと悪化し、さらにはこれに微熱や喉の渇きがともなうようになり、しまいには生きる望みも断たれるほどになったのだ。

三五歳から四五歳までそうした状態が続いた。この間あらゆる治療を試みたが、どれも無駄であった。そこで一縷の望みをかけて、あらためて医師たちに相談したところ、もはや次の方法でしか治る見込みはないということであった。
それは「食を厳しく節すること」、というものであった。また、これに付け加えていうには、もしそうした節食を実行したばあいでも、もしこれを厳格にまもることができなければ、数ヶ月試みても効果は得られず、さらに数ヶ月後にはやはり死をうけ入れざるを得なくなるだろうというものであった。

かれらのこの最後の忠告を聞いて、私は戦慄におそわれた。しかし、人生の盛りに死ななければならない口惜しさと、たえず数々の病にさいなまれていた苦しさとから、私はただちに医師たちの最後の忠告にしたがうことを決意した。
そして断固こう決意するや、具体的にまもるべき規則について尋ねたところ、かれらがいうには、「食べ物にしても飲み物にしても、通常病気のときにしか摂らない物をとり、しかもこれらをごく少量にかぎって摂るべきである」、というものであった。

この処方箋は、なにもとくに新しいものではなかった。私は医師たちから以前にもそう言われていたのだ。しかし、そのときは、そうした忠告を真剣には考えず、また節制にともなう窮屈さもあって、けっきょく、あいかわらず好きなように飲んだり食べたりしていたのである。
だが、もうそうした甘えはゆるされなかった。事態は深刻であった。そこで、前に述べたように、理性にしたがって新しい生活習慣へ身をゆだねることにしたのである。


「極少食」で長年の重病から急速に回復
ところが、食を極端に減らしてみると、それからわずか数日後には、なんとなくこの習慣が自分に合っているように思われてきたではないか。そしてそれから一年も経たないうちに━こうした著しい効果については疑問視する向きもあるだろうが━それまでのすべての疾患が消えてしまったのだ。

こうして健康をとりもどすと、私は節食の効果というものについて真剣に考えはじめた。そして私のような末期的な重症が食を節することによって治るのなら、当然、それによってまた健康も維持できるようになるだろうし、さらには体質でさえ改善できるにちがいないと思った。


自分に合った食べ物を吟味する
そうしてそう思うや、まず自分の体質によく合った食べ物を見つけることにした。

この探求において私が最初に試みたことは、俗にいわれていた、「口に合うものは体にも合い、体に合うものは口にも合う」という格言が本当にそうなのかどうか、その真偽をたしかめることであった。
その結果、私はこの格言が間違っていることを発見した。なぜなら、美味しいものの中には、私の胃にとって良くないものが少なからずあったからである。こうして先の格言を疑問視するにいたった私は、自分に合わない類の肉やワインをしりぞけ、経験から自分に合ったものだけを摂ることにし、しかもそうした飲食物を胃が容易に消化できる量だけにかぎることにした。つまり、質だけでなく量にまで徹底して注意を向けたのだ。
そしてそれからは、満腹感をおぼえるまで食べたり飲んだりすることはなく、常に食欲を少し残した状態で食卓をはなれることにしたのである。この点では、「健康は、食欲を抑えることから」という別の格言に従ったことになる。


「規則的な飲食ゆえに不調が一日以上続くことはなかった」(名医ガレノス)
こうして過去の悪習慣を克服すると、私は完全に規則的な「極少食」の生活へと移っていった。その効果については、すでに申し上げた通りである。
以来、病の再発はまったくない。むしろ以後、今日まで、私はこの上ない健康にめぐまれていて、その源である「極少食」の生活スタイルを放棄したくなるような理由など、少しも見出せない状況にある。

このように、肉体的にも精神的にも、私が長年爽快な生活を送ってこれたのは、おもに先に述べた食事上の抑制によるものであるが、このほかにもいくつか気をつけてきたことがある。たとえば、働きすぎ、異常な暑さ寒さ、悪い空気のところに長時間いることなど、極端なことは避けてきた。
また、憂鬱、憎しみ、その他の否定的な感情をいだかないよう注意することにも努力してきた。なぜなら、否定的な感情というものは、心身にきわめて由々しい影響をあたえるからである。
ちなみに、これに関しては、ひとつの発見があった。それは、飲食に関する前述の規則を守っている者にとっては、その種の不快な情念が生じることはほとんどない、ということである。
古代ローマのあの名医ガレノスも言っている、「飲食に関する規則をまもっていたので、病気になることはなかった。少なくとも、不調が一日以上続くことなど、まったくなかった」と。
かれのこの言葉は真実である。まさに私がそのことを証明している。また、私を知る者たちも、その証人となることだろう。私は暑さ寒さのほか、思わしくない天候などからも悪影響をこうむったことはない。


精神的な困難も節食による心身の活力で克服
そればかりか、私を突然おそった不幸━共和国の有力者が私にたいして起こした訴訟━に際しても、心が乱されるというようなことは一度もなかった。
これにたいし、私の家族のうち、食を節することを習慣としていなかった者たちの方が、かえって大いに悲しみ、うち拉がれたのであった。そしてかれらは私の身を心配するあまり、不節制によって弱くなった心身をそこなう結果となり、大変痛ましいことに、天寿を全うすることなく他界してしまったのである。
私の方はというと、この苦難をむしろ神が送り給うた試練としてとらえ、いっそう心身の強靭さを証明すべき機会だと考えて、そのように対処し、その結果、最後には事態の好転をみたのであった。
これも長年節食につとめてきたからこその成果だったといえよう。


大事故による負傷も癒す
またもうひとつ、私を襲った別の、思わぬ災難についても触れてみたい。これも、節食の効用を証明して余りある。それは、七十歳のときのことである。
ある日、馬車をかなりの速さで走らせていたところ、その馬車が転倒し、馬がとまるまで、私はその状態でかなりの距離を引きずられたのだ。そのため全身を打撲し、頭部にも衝撃をうけ、とくに片方の足と腕とにはひどい傷をおった。私の容態をみた医師たちは、私の命は四日と持つまいと考えていたようだが、ともかく応急処置として、瀉血によって炎症を防ごうとした。
私はこれを断った。そして手足の固定と、こうした事態に良いというある種のオイルでのマッサージだけをしてもらった。なぜなら、長年にわたる注意ぶかい養生によって、私の血にも汚れがないことを確信していたからである。
このようにして、私は特別の治療をうけることもなく、また、体になんらの変化もきたすことなく、この事故による傷から癒えたのであった。これには医師たちも大いに驚き、なにか奇跡のようなものを感じたようであった。

以上の事例から、規則正しく飲食の節制につとめた者にたいしては、いかなる事故も深刻な影響をあたえることはない、と考えてよいのではないだろうか。これにたいし、飽食ほど身体に打撃をあたえるものはない、ということは、明らかに私の体験から断言することができる。


食事の量をわずかに増やしたところ、ふたたび大病に
またもうひとつ、興味深い経験があるので、これもお話しよう。
四年前のことだが、友人や親戚のたび重なる忠告をしりぞけることができず、やむなく食事の量を少しだけ増やしたことがあった。医師たちの意見もあって、私の身をおもう親切心からかれらが言うには、私のそれまでの食事量では栄養不足だというのであった。
これにたいして私は、次のように反論した。「そうではなく、自然(な体)はごくわずかの量で満足するようにできている。事実、ほんの少ししか食べない私は、長年にわたって健康で、旺盛な活動をつづけてきた。それでも、なお食事の量を加減すべきだとすれば、増やすよりもむしろ減らすべきである。なぜなら、高齢になればなるほど、胃腸は弱くなるからである」と。
また、これに関して、「長寿を欲するものは、少食に徹せよ」という格言もとり上げた。
しかし、いずれも無駄であった。

そこで私は、先に述べた分量だけ増やすことに同意した。頑固だと思われたくなかったし、また、医者の忠告に反論するほど自惚れているなどと思われたくなかったからでもあるが、しかし、それよりなにより、私の身を案じてくれる家族を喜ばせたかったことが最大の理由であった
そこでそれまでパンと卵の黄身、少しの肉、それとスープ、これらを一日総量で正確に十二オンス(約三五〇グラム)摂っていたところを一四オンス(約四〇〇グラム)に、また飲み物(ワイン)についても、一四オンス(約四〇〇㏄)であったものを一六オンス(約四五〇㏄)まで、それぞれ増やしたのである。

ところが、それから十日後にはその影響があらわれはじめたではないか。
それまで元気、快活であった私が、このころから不機嫌になっただけでなく、憂鬱にもなり、なにもかもが面白くなくなってきたので。そして十二日後には、脇腹にはげしい痛みをおぼえ、それが二十二時間にもわたって続き、あげくには熱まで出てきて、しかもそれがその後連続して三十五日間にも及んだのである。十五日以降は熱が退きはじめたものの、けっきょく、それまではほとんど眠ることができず、死の淵をさまよう羽目になったのだ。
ここにいたって、私は長年にわたって厳守してきた量にふたたびもどった。すると、体は弱りに弱っていて、しかもそのときは珍しく寒い年の、またその中でももっとも厳しい寒気の折りだったにもかかわらず、なんと、食事の量を切り替えただけで快復したのであった。

以上のことから、健康と長寿の秘訣が規則正しい適切な節食にあることは明らかである。
あるいは、それこそ真に唯一の薬であるといってもよいだろう。
したがって、医者が患者を診るときには、まずなによりも飽食をいましめ、節食の効果を説くべきである。そして患者が快復後もこうした忠告にしたがって新たな生活をはじめるなら、その後ふたたび病気になることはないだろう。ちなみに、普通の生活では、病気の時の節食より、少し量を増やす必要がある。


自分にとって自分自身が最良の医者
私がいう生活習慣をとり入れた者は、いまや自分自身が自分の医者となる。しかも、その医者は最良の医者である。言いかえれば、自分の体にとって、自分自身のほか、いかなる名医もあり得ない。人の体質はそれぞれ違っているので、自分でなんども試行錯誤を経験することなくしては、自分の体質を見きわめたり自分に合った食べ物を選択したりすることなど、できないからである。
私個人についていえば、古いワインは合わない。しかし、新しいワインは良い。長い経験から判断して、他の者にとっては差し支えないとおもわれるようなものでも、私にとっては悪いといったものが少なくない。
そういう次第で、自分以外、医者もふくめて、いったい誰がそうした個人的な体質の違いによる食べ物や飲み物の良し悪しを正確に指摘することができるだろうか?他人のことがよく分かる名医などあり得ないというのは、このためである。

どんな人のばあいでも、自分にとって、自分自身より良い導き手はなく、また節食より優れた癒し手もいないのである。医者が不要だといっているのではない。通常、過食によって生じた病気を治すには、医者の助けも必要である。
しかし、健康な者がその健康を維持するためだけなら、食を節した規則的な生活習慣に優るものはない。まさにこの節食の習慣こそ、たとえ虚弱な体質の者の場合でも、健康と快活な毎日を一〇〇歳あるいはそれ以上にいたるまで約束し、しかも病死ではなく、自然死による天寿をもたらすものなのである。


あまり知られていない節食の優れた効果
しかしながら、節食のこうした優れた効果を真によく知っている者は、きわめて少ない。世のほとんどの者たちは、食欲に振りまわされ、知らずして過食におちいっている。また、そのことに気づいている者たちにしても、「我慢して長く生きるより、短くても好きなように生きるのがよい」などと言い訳している。食欲を律すると、いかに幸福な生活を送ることができるのかを、かれらは知らないのだ。
私はこれを発見した。そしてこの生活をつづけ、長く生き、世の中の役に立ちたいと願っている。もし私がこれまで食を慎んでこなかったら、このような、人々のためになり、またそれゆえに私の喜びでもある、こうした書き物をすることもなかったことだろう。


多くの賢者が飲食を節してきた
節制をきらう者たちはいう、「生身の人間にとって、飲食を節することなど不可能だ」と。これにたいし、私はふたたびあの偉大な医者ガレノスを引合いに出す。かれもまた、節食の習慣を最良の薬として生きたのだ。
ガレノスだけではない。プラトン、キケロ、イソクラテス、その他、数多くの賢者が同様な習慣を選択して生きてきた。今日では、法王パウロ・ファルネーセやベンボ枢機卿、それにわが共和国のふたりの元首、ランドとドナトーを例に挙げることができる。ちなみに、歴史的な人物や著名人たちの間だけではなく、一般人のなかにも、こうした例はみられる。


食をよく節すれば、病気になることはない
以上のような私の話にたいして、ここで次のような疑問あるいは反論があるかもしれない。つまり、もし通常の生活において、病人のような食べ物を、しかもごく少量しか摂らない者が、もし病気になったばあい、そのときにはどんな食事療法が残されているのか、と。
この質問にたいしては、こう答えよう。すなわち、そうした生活をおくる者が病気にみまわれることはないのだ、と。なぜなら、節食の生活では、病気の原因といったものが日々とり除かれているからである。要するに、原因がなければ、現象は生じ得ない、という道理である。


節食は活力を生む
右のような理由から、規則正しく食を慎むことが身体によいだけでなく、社会的な実利をともなうものであることも、当然、理解できよう。なぜなら、そうした習慣が、仕事の障害となることはけっしてなく、むしろ反対に、いかなる仕事もこれによって容易になるからである。
もちろん、すべての人が私のように、一日十二オンス(三五〇グラム)という極少食に定める必要はない。また、メニューもわずか数品種にかぎる必要もないだろう。私のばあいは、生来胃が非常に弱いので、いまのような食事内容にしたまでである。


もっとも大事なことは量の制限
しかしながら、だれのばあいでも、自分に合った物だけを、しかもできるだけ少量、つまり、胃が容易に消化できる量にかぎって食べるべきだ、という前述の原則については少しも変わらない。このことは、飲み物についても同じである。

かさねて述べるが、飲食いずれの点でも重要なことは、質よりもむしろ量の制限である。したがって、自分によく合ったものでも、これを多く摂ることは控えなければならない。
まことに、ここでいう新しい習慣の効果をあげるには、飲食とも、適切な量の見きわめと設定、そしてその後の厳守がなにより大事だということを、よくよく心得ておく必要がある。
これにたいし、好きなように飲み食いして、しかもなお健康で快活な老人がたくさんいる、などとは言わないでもらいたい。そのような反論は、不確実なことを根拠にしていて、理性的ではない。また、事例としても例外的である。
反対に、生まれつき虚弱な体質の者でも、厳格に食を節することができれば、放縦な食生活をおくる者よりずっと長生きできることは、私が保証する。


長生きの楽しみと幸福な死の予感
健康で長生きし、しかもその間に病気ひとつせず、最後には平和のうちに静かに息をひきとる、といった幸福な生涯を願う者はだれでも、飲食を最小限の量にさだめるべきである。そうした生活では、血液が汚れることはなく、また胃から頭へのぼる悪気もなく、心はつねに穏やかで、気分は妙なる悦びに満たされている。そして過去の悪癖から解放されたことにたいして神に感謝し、長生きを楽しみにしている。また、死についても、幸福な死を予感している。
したがって、こうした者に死の恐怖はない。苦痛や高熱をともなう疾病などにみまわれることもなく、安らかに生を終えることができることを知っているからである。それは、ちょうどランプのようなものだ。すなわち、油がなくなれば火が静かに消えるように、地上から天国へと穏やかに移るだけのことである。

快楽を追う者たちの中には、長寿はそれほど幸福なことではなく、七五歳以降の生はもはや人生というに足らない、などという者たちがいるが、かれらは間違っている。私は断言する。非常に達者な老年の生活というものは、じつに素晴らしい。すべての人々が私の年齢にまで達し、この幸せな老年の生活を享受できるようになることが、まさに私の心からの願いにほかならない。


個人的な数々の幸福
では、私がこの老境で味わっている、そうした素晴らしい生活とはいったいどんなものか、このことについてお話ししよう。
まず、私が非常に幸福であることは、多くの者たちが証言できる。かれらは、私がすこぶる達者で、しかもきわめて快活であることを目の当たりにしているからである。
たとえば、なんの助けもなく馬に乗ることができるし、階段はいうまでもなく、山にもやすやすと登ることができる。気分はいつも陽気で、心が曇るようなことは一時もない。生への倦怠や生活の疲労など、私にはまったく無縁である。一日の内かなりの時間を見識ゆたかな人々との間の楽しい会話で過ごし、それ以外のときには、良書を友としている。そして読書を味わった後は、ペンをとっている。執筆こそ世の中にもっとも役に立つことだと思っているからである。
以上のようなことを、私は高貴な都市パドヴァのもっとも美しい地区にある快適な邸宅において行っているのである。ちなみに、私にはこの邸宅のほかに、自分が造った庭園をいくつか持っているが、そのひとつ一つには小川が流れていて、そこは私にとって好いリクリエーションの場となっている。

食事については、昔の豪華な食事より今の質素な食事の方を心から好んでいる。このことは、前に述べた理由からして、とくに幸いなことである。また、眠りも快適である。どこであろうとすぐに熟睡でき、しかも見る夢はすべてどれもが楽しいものばかりだ。
さらに、国家にたいする貢献も、私の大きな喜びのひとつとなっている。排水工事による土地の改良事業のことである。私が手がけてきたこの種の事業は多数に上るが、かえりみれば、当初はひとつの事業が完成するまで生きていられるかどうか不安が過ったものだ。
しかし実際には、そうした沼地の改良事業のときの夏の暑さも少しも苦にならず、私は生きて、こうして数多くの事業の成功をみている。これも、どこにあろうと規則的な節食を厳格にまもったお陰である。

以上が、いま私が楽しんでいる事柄の主なものである。こうした例からも、他の老人たちとくらべて、私がいかに幸福な日々を送っているかがお分かりになるだろう。いや、若者たちとくらべても、そう言えることだろう。なぜなら、私には若者特有の悩みや心の葛藤、その他心身をさいなむ情動などいっさいないからである。

また、細やかなことが大きな楽しみとなり得るという点からすれば、あえて次のことも挙げてよいのではないだろうか。すなわち、私はいまこの八三歳という年で、市民のために健全でしかも面白い喜劇を書いているということである。

さらに、まだある。それは、私が私の本邸へもどるたびに目にしている孫たちのことだ。それは一人や二人ではない。なんと十一人もいて、最年長の孫は十八歳にもなっている。全員同じ父母から生まれた者たちだ。私はかれらを見るたびに、命の連鎖、いわゆる一種の「不死」というものを、そこに感じている。
小さな孫たちとは無邪気にたわむれ、大きい方の孫たちとは音楽を楽しんでいる。かれらは、いろんな楽器を演奏することができる。また、声もよく、歌もうまい。しかし、声の良さでは、私はかれらに負けていない。それに、私の声は人生で今が一番大きく、非常に朗々としている。
私がいま老人として享受している楽しみについては、これくらいにしておこう。


私は、若いときより、いまこの白髪のときがよい
以上のようなわけで、私はいまの自分の生活習慣やこの頭の白髪を若者たちの状態と交換したいとは思わない。たとえ壮健な体質の者たちとでも、である。私は自分の若いときの生活をよく覚えているので、若者たちのことはよく分かる。
かれらは向こう見ずで、なにごとにつけても体力を過信し、また、経験が浅いために過度の期待をいだきやすい。そのため、さまざまな危険に簡単に身をさらし、あるいは理性に反して官能の奴隷となりやすい。とくに飲食にいたっては、放縦の限りをつくし、その挙句には、これだけは避けたいと思いながらも、ほどなくして病を得ている。


養生を心がけない者にとって晩年は禍である
病気と死とは、養生を心がけない者たちにとっては最大の禍である。かれらにとって、病気は苦痛をともない、死は恐怖の的である。とくに死については、みずからの現世における罪深い生活とそれにたいする神の裁きとが心からはなれない。
これにたいし、私にはそうした悩みや恐怖はいっさいない。なぜなら、まず、飲食における十分な節制によって病気にはならない体になっているからである。また、死については、不可避の出来事を恐れることの愚かさをよく分かっているだけでなく、むしろ他界に際しては神の恩寵をかたく信じているからである。


ふたたび幸福な死の予感と健やかな晩年の素晴らしさについて
私のばあい、すべての人と同様、生の終わりはまぬがれないにしても、他界の仕方という点では、一般の者たちとはかなり違っているように思われる。私は病死ではなく、自然死でこの世を去ることだろう。それは苦痛のない、安らかな死である。
しかし、そうしたずっと先のことはともかく、私はおそらく、これからもかなりの年月、毎日を健康で快活に過ごし、この素晴らしい人生を存分に謳歌することだろう。この世界は文字どおり、じつに素晴らしい。もっとも、この素晴らしさは、節制ゆえに心身ともに健康な生活を送っている者だけにしか分からない経験かもしれない。

いずれにせよ、そういうわけで、できるだけ多くの人が、健康と長寿を約束する私の習慣をとり入れることを願っている。


健康・長寿は至上の宝
健康、長寿はこの世のいかなる宝にもまさり、何物にもましても求められるべきものである。どんなに多くの富を得たとしても、病気で苦しむようでは、いったいどこに幸せがあろうか?まことに、食における慎みは、神が嘉したもう習慣であり、自然の友でもあり、また理性の賜物でもある。言いかえれば、あらゆる美徳がこれを基礎としている。それは、われわれの人生観に積極性をあたえ、すべての営為に活力をもたらす源泉にほかならない。
じつに、宇宙の法則が節食の習慣を支持している。深い霧が陽の光にあたって晴れるように、この習慣のまえでは、いかなる人生の苦しみも消えてしまう。
まことに、飲食をしかるべく慎む者は、鋭い五官、冴えた頭脳、丈夫な肉体、優れた記憶力、軽やかな挙動、これらすべてに恵まれ、また精神的には、地上的な重圧から解き放たれて、本来の自由さを存分にあじわう境地に入ることができる。すなわち、その生涯には、心と体の両面において、現世で得られる最大級の幸福がおとずれるのである」(終)


(中略)


講話㈡:虚弱体質を改善する最良の方法について(八六歳の時)
少し食べ過ぎただけでもすぐに気分が悪くなるといった、きわめて虚弱な体質の者たちにとって、先の『講話』は大いに役に立っているようで、私としては大変うれしい。
しかし、そうした人たちにとってだけでなく、六〇前後の年齢ですでにさまざまな疾病にみまわれている人たちにとっても、私は同じように役に立ちたいと願っている。かれらがもし食生活において節制の習慣を身につけていたなら、いまのような不自由や苦痛を味わうことはなかっただろうし、また、いまよりはずっと穏やかで、不便なことや迷惑なことにあってもすぐに怒ることもなかったことだろう。
というのも、じつは私にも、かつて同じようなくるしみを毎日味わい、ときには死さえ身近に感じた時期があったのだ。あの頃は、私もずいぶんと怒りっぽい性分だった。しかし以来、もう長いこと、そうした情動とは無縁である。思うに、激情にとらわれる者は、ほとんど狂人と変わらないとさえ言ってよい。

体質は改善できる
ところで、体質は 改善することができる。食を節して規則正しい生活をすれば、四〇歳を越えることはできないだろうと思われた者でも、健やかな中で高齢まで達することができるだろう。
じっさい、私がその良い例である。私は当初の予想より四六歳も長生きして、現在八六歳になっているが、体はきわめて健康、気分はじつに快活。五感はすべて完全で、また歯も声も、記憶力も心臓も、悪くなったり衰えたりしているところはまったくない。頭脳については、むしろ以前より明晰さが増している。要するに、加齢によって心身の機能が低下するということが少しもないのだ。

歳とともに食事の量を減らす
それは、歳をとるごとに食事の量を減らしているからにほかなならい。人生の終わりが近づくにつれ、食を減じるというこの行為はきわめて重要なものとなる。つまり、われわれは最小限の栄養で生きていくようにしなければならないのだ。
老人の一日には、卵一個の黄身と少しのパン、それにスプーン数杯のミルクで十分である。それ以上になると、病気や苦痛が生じ、天寿を損ないかねない。
私個人のことについていえば、私には苦痛や病気による死など起こり得ないと思っている。また、こうした感情をもつことができるほど幸せなことはないとも思っている。

元気で長生きすること、このことは誰もが願うことであり、またそうあるべきである。そしてそのためには、それ相応の努力をすべきである。しかしながら、他にいかなる努力をもってしても、飲食を節することがなければ、健康・長寿はけっして得られるものではない。

たとえ高齢の健啖家がいるとしても
ところが、これにたいして、人々のなかには次のように反論する者たちがいる。肉についてもワインについても好きなように飲み食いして、それでもなお健康で長生きし、一〇〇歳にまでいたった者もいるではないか、と。
しかし、かれらの主張には、ふたつの誤りがある。ひとつは、統計的に、そうした幸福にめぐまれた者は、五万人に一人もいないということである。またもうひとつは、そのような稀なばあいでも、最後にはなんらかの病気にかかって亡くなっているということである。

飲食の量を最小限にして規則正しく
したがって、結論として、健康・長寿の方法としては唯一、飲食を最小限にして規則正しく生きる以外にない、ということが言えるだろう。
それに、こうした生き方はけっして難しいものでない。歴史をみても、自分の生活をよく律して生きた者たちが数多くいるし、また現在でも、私も含めて、少なからざる数の人たちがその流儀にならっている。
要するに、動物とちがい、理性をもつ、われわれ人間は、この理性にもとづいて自らの行動をしかるべく律するべきではないだろうか。

私がいう節食とは、質と量のふたつの要素から成っている。質においては、自分の胃に合わない食べ物や飲み物はこれを避けること、また、量においては、容易に消化できる範囲にかぎって飲食することである。そして人はだれでも、四〇にもなれば、こうした自分の体に関する適切さの判断が十分にできるようでなければならない。
食を節するようになると、各体液は純粋になって調和を得る。そのため、いかなる外的環境に直面しても、もはやこれによって冒されることがなくなる。これにたいし、飲食の慎みを欠いているばあいは、外的環境が変わると、病を得たり、あるいは死にみまわれたりする。

「食べたいだけ食べるべきだ」と主張する人たちにたいして
さらに、前に挙げたような者たちと同類のものたちが、他にもいる。好きなように飲み食いしても一向に平気で、毎日いろんなものを満腹になるまで食べている類である。
また、次のように言う者たちもいる。年とともに体の熱が少なくなっていくのだから、それをくい止めるためには、なんでも食べたいだけ食べるべきで、反対に、極端な少食はかえって寿命を縮めることになるのだ、と。

食を節して活力ある生活を━私が生き証人
いずれも、自然の法則というものを知らない。そのため、自然にさからって生きている。
私は、たんに観察からだけでなく、自分の経験からも言えるが、多量の食物は老人の胃にとって負担になるだけであり、疾病の温床をつくり出すものである。

したがって、食を節すると寿命が縮まるなどと心配する必要などまったくない。私自身が生き証人である。私は老人であり、食もごくわずかだが、快活でエネルギーにあふれて、痛むところなど一つもないからだ。
この点、ひとりの老人に合うことが、他の老人に合わないはずはない。また、一般則からみても、人は病気になると食を減らすか、ばあいによっては止め、そしてその結果、回復しているという状況からすれば、どうして私の主張を否定することなどできようか。
ともかく、もし私がいうように数週間でも食を十分に減らしてみるならば、どんな病状にあっても、かならず良い効果があらわれることだろう。

「太く短く生きる」という人たちにたいして
また、次のようにいう、先の類と同じような仲間が、まだいる。すなわち、がまんして長く生きるより、短くても好きなように生きる方がよいのだ、と。
だが、長寿の価値はしかるべく認められるべきであって、また実際に、良識を有している者なら、誰しもがそれを認めている。したがって、神様のこの素晴らしい贈物を軽んじる者は人類にとって禍であり、かれらの死はむしろ公共にとって幸いなことであるとさえ言わざるを得ない。

一日一度の食事で飽食する人たちにたいして
さらに、右のほかに、食事の回数は一日一度に限ってはいるものの、その一度の食事では満腹するまで食べる者たちがいる。これも、消化という点からすると適切ではない。一度に大量の食物を摂ると、胃はこれを消化できないので、悪気を生じ、血液を濁す結果となる。それゆえ、かれらの寿命も長くはない。じじつ、一日一食とはいえ、その食事を満腹するまで食べた人で長生きした人を、私は知らない。

各食事は最小限に━「極少食」がもたらす数々の恩恵
以上、事例としていくつか挙げたが、これらの人たちが、もし一回の食事の量を減らしていたならば━ばあいによっては、回数は増やしても━健康で長生きしていたことだろう。

 真にまことに、聖なるかな、節食よ!汝、節食こそ、人をして長寿たらしめ、その智慧を磨かしめ、そしてその智慧により、みずからを官能の罠より救わしむ。また汝は、死の恐怖から人を解き放つ。汝あればこそ、人はこの世の妙なるを知る。

私は、老年にいたるまで、世界がこれほど美しいものだとは知らなかった。若いときには放縦な生活をしていて、いま見ているような、この世界の素晴らしさにまったく気づかなかった。
しかし、完全な健康を享受している今、状況は昔とまったく違っている。たとえば毎日のパンにしても、かつての贅をつくしたパンより、今の単純なパンの方がはるかに美味しい。
それに、こうした素朴なパン(主食)ほど、人間の食事にとって大切なものはない。

私の食事内容
私のばあい、パンと卵の黄身、スープまたはパン粥、それと肉や魚を少し、かわるがわる数種類食べている。私のような境遇とちがって、経済的に肉や魚を食べる余裕がない人たちのばあいは、全粒粉から作ったパンとパン粥、卵、それに野菜を食べていれば、それで十分である。もちろん、だからといって、けっして量を過ごすようなことがあってはならない。

以上のような食習慣であれば、天寿による自然死以外で亡くなることはない。先天性の病気をかかえている者については、かならずしもこの限りではないが、遺伝的な事例そのものが比較的稀であるし、また、そうしたばあいでも、節食は大いに病状の好転に効果を発揮することだろう。

ああ、一方が健康と長寿とをもたらし、他方が疾病や若死をもたらしていることをみれば、食習慣における節制と不節制との間には、その結果になんと大きな違いがあることか。

じっさい、私のもっとも近しい親戚や知人のうちにも、放縦な生活のために病んだすえ、天寿を待たずして他界した者たちが少なくない。もしかれらが私の忠告に耳をかたむけてくれていれば、いまもまだ健やかであったことだろうと悔やまれる。そういう次第で、私は、食習慣の重要さを世の中にひろく伝えるため、以前にもまして努力するつもりである。

真にまことに、多くの楽しみにかこまれ、以前のどんな生活より現在がもっとも幸福で、喜びとエネルギーにあふれた老人がここにいるのだ。であるから、私の流儀にならうならば、だれでも私と同じように、明晰な頭脳、穏やかな気分、しかるべき風貌、衰えない学習意欲、等々に生涯めぐまれることだろう。

民衆を導くべき人たちが食の間違いから病を得ている現状について
ところが、世の中を見わたしてみると、文学で頂点をきわめた人とか、あるいは他のそれぞれの分野で名をなした人とか、そういう聡明な人たちの中にも、五〇あるいは六〇になると、さまざまな病にみまわれている者たちが少なくない。そしてその病にそれにもかかわらず、いっこうに飲食を節しない者たちが、これもまた少なくない。
私はこうした現状をみると、いつも訝しく思うのである。いったい、かれらは食を慎むことの重要さを知らないのだろうか、と。いま慎めば、すぐに健康になるのにたいし、そのまま従来の食習慣をつづけていれば、不治の病となって、回復の見込みはなくなることだろう。

良識に照らして
これがもし若者のばあいなら、かならずしも理解できないことではない。若いときには官能の力がつよく、いつもそれに衝きうごかされているからである。また、人生の経験も浅い。
これにたいし、中年あるいは初老に達した者のばあいには、なにより理性が優っていてしかるべきである。であれば、飽食が健康をそこない、早死の原因となることは十分にわかっていなければならない。
かりに、飽食の楽しみが永遠につづく性質のものであるとするならば、そこにはいくらか情状酌量の余地も出てこよう。しかし現実には、飽食が病気の原因であることは明白であり、そしてその疾病の長さにくらべれば、食を放縦に楽しめる期間はじつに短いといわざるを得ない。
以上のようなわけで、かれらとは反対に、自分の健やかさが自分の食習慣によるものであるということを食事のたびごとに確認できることは、節食を実行している者にとって大きな喜びである。

では、これで今回の『講話』を終えることにした。
なお、この講話は、つとめて短いものにした。過去の経験から、短い書き物の方が多くの人々に読んでもらえることが分かったからである。
したがって、この『講話』がいっそう多くの人々に読まれ、以前のものにも増して、読者の健康改善あるいは促進に役立つよう、せつに願っている次第である」(終)


(中略)


講話㈢:幸福な老後を獲得する方法について
(総大司教ダニエル・バルバロ宛の書簡)(九一歳の時)

「この度お話し申し上げます健康と長寿の秘訣に関しましては、すでにこれまでの書き物のなかで紹介していて、とくに目新しいものはございません。しかしながら、猊下におかれましては、大半の反復もまた厭われず、お読み下さるものと存じます。

そこで、まず、私の現状について申しますと、私は当年九一歳。心身ともにこれまで以上に健やかで、その様子には周囲の者たちが驚いているほどです。このことは、八〇歳を過ぎた者にとって、現世が地上の天国にもなり得ることを物語っていると申せましょう。

医者や哲学者が私の健康長寿に強い関心の目を
つい先日のことですが、私の年齢や生活習慣に強い関心をもつ医師や哲学者など、当地の大学の先生方多数が私を訪ねてこられました。そしていろいろな質問の後、私が判断力や記憶力だけでなく、目も耳も、歯も声も、すべての点で完全で、体格もよく、情緒も快活であることをお知りになりました。
さらに、世の中に役立つテーマについて日に八時間も書き物をしていることや、また、それ以外の時間には散歩したり、歌をうたうことを楽しんだりしていることなども、お知りになりました。
ちなみに、私の声はたいへん力強く、また非常に甘美です。私が讃美歌をうたう声をお聴きになられたら、猊下もかならずや感激なられるにちがいありません。

長時間にわたる驚異的な集中力も
先の医師や哲学者の方々によれば、しかるべき頭脳と気力とを要する諸種のテーマについて、この年齢で日々このように長時間にわたって書きものに集中できるとは、一種の奇跡だということでした。人は通常、齢七、八〇にもなれば、いろんな病気にかかり、また、たとえ疾病をまぬがれている者でも、視力や聴力あるいは記憶力が衰えたり、あるいは体力がなかったり、あるいは気分が憂鬱であったりなど、心身面でなんらかの欠陥をきたしているからです。

また、先の先生方の一人であった、ある若い医師がいうには、私が説いているようなことを実行しようと自分も努力したことがあったが、結局はできなかった、おそらく、私には神の特別なご配慮があるのではないか、と。

生来の体力はむしろ虚弱な方
こうした意見にたいし、私が享受しているような素晴らしい健康や長寿は、私だけに限られたものではない、ということを説きました。私自身、他と同様、特別な存在ではありません。違っている点はといえば、体質的に一般の人たちよりも弱く生まれたということを、むしろ指摘すべきでしょう。

中年以降の食事について
いずれにしましても、人は中年になれば、肉体の欲求に支配されていたそれまでの生活から理性にもとづく生活へと切り替えていかなければなりません。老いは若さの反対ですから、それに応じて、飲食の量を逆行させなければならないのです。つまり、成長するにつれ量を増やしてきた飲食を、こんどは反対に減らしていく必要があります。
もともと、食欲のおもむくままに食べたいだけ食べ、飲みたいだけ飲んで、なおかつ健康を保つというようなことは、自然の法則上、不可能なことなのです。したがって、私たちは、そうした飽食をつとめて避けなければなりません。

達成したときの喜びを胸に努力をつづける
私はこれまで、食に関し、規則的で、しかも最小限の量で満足する生活を送ってきました。もちろん、最初は容易なことではありませんでした。しかし、この美徳を身につけることを熱心に神様に祈り、神様がこの祈りを聞いてくださることを確信して、努力したのです。
また、人生において重要なことであればあるほど、達成したときの成果がそれだけ大きいものであることも、よく分かっていました。そういうわけで、少しずつ自分を節食に慣らしていったのです。すると、食を節することが、やがて苦にならないようになりました。

それぞれの体質に応じた節食の仕方
私とちがって、強い体質にめぐまれた者たちは、私のように量を極端に少なくする必要はないかも知れません。量の点では、一人ひとりがそれぞれの体質に応じて決定すべきものでしょう。どれくらいがもっとも適切な量であるかは、食欲や願望からではなく、自分の経験と観察、それに理性にもとづいて、各自が判断すべきことです。
そしてしかるべく決定してからは、それを厳格にまもり通さなくてはなりません。なぜなら、その後ときどき度を超すようであれば、節食の効果というものは、ほとんど上がらないからです。

食と健康に関する以上のような私の話に、医師や哲学者たちも、まさにその通りだと言ってくれました。

官能の力が弱まるときこそ理性的な生活は切り替える好機
思いますに、われらが創造主は、われわれ人間にたいして、もともと長寿をお与えなのですから、私たちはその御心にそって最大限その恵みを味わうべきなのです。言いかえれば、人は七〇を過ぎると、官能的な欲望の力が弱まるわけですから、このときに理性的な生活へと全面的に切り替えて、天寿をまっとうできるように努めるべきなのです。そうするならば、人生の終わりに近づいても病気になることはなく、ただ自然死として、平和のうちに不死の世界へと移っていくことができるようになるのです。

幸福な臨終を確信
私は、自分の死について、このような平和な臨終を確信しています。私のばあいは、おそらく、讃美歌をうたっている最中に静かに息を引きとるのではないかと思っています。死にたいする不安も、罪人がいだくような死後の神罰にたいする恐怖も、そうしたものはまったくありません。私はキリスト教徒として、主イエスが私をお救いくださることをかたく信じています。

ああ、私の人生は、なんという素晴らしい人生であることか。また、私が確信している臨終は、なんと幸せな終局であることか。

以上のような私の話に、先の若い医師は返す言葉もなく、ただ、自分も私の習慣にならうよう、あらためて努力したいということでした

猊下よ、猊下にたいしまして、こうしたことをお伝えしたいという私の日頃の願いがあまりに強かったものですから、つい饒舌になってしまいました。この辺でそろそろ終わりに致したいと思います。ただ、最後に、もう一言だけ付け加えることをお許しください。

歴史的にも節食を重んじた人たちが数多くいた
それは、私がやっていることが無駄であると主張する者たちのことです。かれらは、私が骨を折って書いているこうした書き物について、ちょうどプラトンがあの有名な書物『国家』のなかで語ったのと同じように、実行不可能なことを説いているというのです。しかし、かれらの主張は、私にとって驚きです。なぜなら、かれらは、私の書き物を読むまえから、私がすでに長年にわたり節食の習慣をまもってきたことを知っていたにちがいないからです。
私にしましても、もしそうした経験と確信がなければ、こうした書き物はしてはいないことでしょう。また、私のこれまでの論文(『講話』)を読んで、食をつつしむ生活習慣を身につけた者たちが多数に上っていることを、聞いて知っています。それに、節食をおもんじた人物が決して少なくなかったことを、歴史も証明しています。したがって、プラトンの『国家』にたいする反論のようなことは、私が説いている内容には当てはまらないということです。

以上、私の体験と観察ならびに確信を申し上げました。いささかなりとも、ご参考になるところがありますれば、まことに光栄の至りに存じます。」(終)


(中略)


講話㈣:長寿を約束する節食の薦め
(九五歳の時)

「義務感からだけではなく、世の中の役に立つのだという幸福感もあって、私とは面識のない人たちのために、今回ふたたびペンをとった次第である。すなわち、私は広く世の人々のために語る。そしてこれから話すことのなかには、疑わしく思われるところがあるかもしれないが、すべてが本当のことである。

一〇〇歳まで生きることを確信している
九五歳に達したいま、私はなお完全に健康であり、満足感にあふれている。言動も常に快活である。普通の老人のことをおもうと、こうしたわが身についておおいなる神の恵みをおぼえずにはいられない。一般に、人は齢七〇にもなると、心身ともに弱ってきて、多くが気分的にも塞ぎがちになり、不機嫌になりがちだからである。
私は幼いときから丈夫な体とは無縁で、とくに三〇歳から四〇歳までの間はきわめて弱く、ひどく病気がちだった。そうした前半生のことを思うと、それ以後の人生には大きな感謝の念をおぼえずにはいられない。おそらく、自分の余命はそう長くはないだろうが、死の不安に襲われるようなことはまったくない。ともかく、一〇〇歳まで生きることだけは確信している。

さて、この講話では、内容に一貫性をもたせるため、人生の各段階を順次追ってみていくことにする。

生来の体質と後年の健康とについて
では、まず非常に弱い体質をもって生まれてきた者たちについて考えてみよう。この種の人たちの寿命は、その原因はかならずしも明らかではないが、ともかくわずかに数日、数ヶ月あるいは数年にすぎない。
それにたいし、健康ではあるが、体質的にはなお虚弱な部類に入る者たちがいて、かれらの寿命も、比較的短い。長くて四〇くらいで、老齢に達する者は稀である。
また、もう一つのグループとして、まったき健康と素晴らしい体格とをもって生まれてきたものの、その老境はおよそ病気と難儀の毎日であるといった者たちがいる。この種の人たちは、よくよく考えなければならない。なぜなら、自分の生来の頑健さを過信し、老境にいたっても若いときと同じように、節度のない生活を続けてきたことにその原因が在るからである。
かれらは、胃腸の点で、若いころの強さやエネルギーがもはや無いにもかかわらず、飲食について注意を要することなど、いっこうに考えない。むしろ減らすより、増やす人が多い。健康もスタミナも低下しているのだから、それを補うためにもっと食べるのだという。

しかるべき時期に厳格な節食へと切り替えることが大事
しかし、それは大きな間違いだ。人は老いるにつれ、自然の力やエネルギーを失っていくのだから、それにともない飲食の量を減らすべきなのだ。
もしかりに、栄養の摂取量を増やすことが正しいとするなら、大半の人が高齢に達し、しかも非常に健康であるといった状況が生まれているはずである。だが、現実には、そうした例は極めて珍しい。
一方、私の生き方が正しいというのは、結果から明らかである。
しかし、そうした実例があるにもかかわらず、意志の弱さから、あるいは食べたい一心から、それまでの流儀を続けている人たちがいる。かれらがもし適当な時期に厳格な食生活の習慣を身につけたなら、老年になって病みがちになるようなことはなく、反対に、私のように強壮、快活で、ばあいによっては一〇〇歳、もしかすると一二〇歳くらいまで生きることができるだろう。

病気の原因を日々とり除く
高齢まで生きることを確実視できるということには、大きな利点がある。そしてそれは、きわめて妥当な判断にもとづいている。つまり、食において非常に節度のある規則的な生活には病気が生じる余地はなく、したがって、天寿にいたらずして死ぬことはないということである。くり返すが、病死などあり得ない。なぜなら、そうした厳格な養生によって、病気の原因となるものが日々とり除かれているからである。
健康、不健康は血液の状態と体液の質とに関係している。それゆえ、食欲ではなく理性にしたがい、飲食をつつしみ、自然が本当に必要とする量だけにかぎるなら、いかなる病気の原因も生じ得ない。すなわち、私が説く生活では、血液はきれいになり、悪い体液は除かれ、すべてが完全に調和のとれた状態となる。

明晰な頭脳、最高の気分、一点の曇りもない心の平和
もちろん、人はどんなに養生につとめても、最後にはかならず死をむかえる。私が言いたいのは、病気や苦痛をともなうことなく、他界できるということである。自分自身についていえば、私は自分が平和のうちに静かに息を引きとるだろうと思っている。私の現在の状態がそのことを暗示しているからである。
私は喜びにあふれている。食欲も十分ある。夜は完全に熟睡している。五感はなお完全で、頭脳も明晰だ。したがって、判断が曇ることもなく、記憶力もよい。気分も最高である。さらに、いち早く衰えやすいとされている声についても、衰えはない。むしろ年とともに強く大きくなっていて、朝晩のお祈りでは歌い出さずにはいられないほどだ。ちなみに以前は、自分に囁きかけるくらいのものであった。
ああ、素晴らしい人生よ!人間が享受できる幸福のそのすべてに満たされているとは、なんという恵まれた人生であろうか。もはやいかなる肉体的な欲求も私を悩ますということはなく、心は平和で、一点の不安もない。また、死が思いを占めることはなく、たとえ死の思いが過ったにしても、恐怖をおぼえることなどまったくない。これらはすべて、私が食事に気をつけてきたその努力の報いとして、神様がさずけて下さったものである。

苦痛や疾患になやまされ、また先行き大きな不安をかかえている大半の老人とは、なんという違いであることか。まことに、私の現在は心身ともに大きな喜びにみたされていて、毎日が愉快な娯楽のようだ。
そこで、以下、その内容や理由について述べてみたい。

公私にわたる私の幸福の数々
まず、私は国家のために役立っている。これは大きな喜びである。ヴェネツィアは“海の女王”と呼ばれていて、すでに十分美しいが、私はこの都市の港や河川の改良工事を手がけ、そのさらなる栄華のために尽くしている。じじつ、これまで広大な土地の改良をおこない、沼地や荒地を耕作地に変えてきた。これによってヴェネツィアは今後、食料をふんだんに供給できるようになるだろう。

私には、また別に、もうひとつの大きな楽しみがある。というのは、以前大きな損失にみまわれ、私の孫たちに迷惑をおよぼす可能性があったときのことだが、私はそのとき知恵をしぼって、あのもっとも有益な技術、すなわち農業を有効に活用して、損失に倍する収益を得た。以来、農業は私の楽しみのひとつとなっている。

また、もうひとつの大きな慰みは、食の慎みを説いた私の書き物が多くの人々の役に立っているということである。じっさい、多くの人が直接あるいは手紙を通して、私のお陰で自分たちが健康になった、とお礼を述べてくれている。それに、なにより、そもそも書くことができること自体、私にとっては大きな喜びにほかならない。
さらにまた、これは優秀な人たちとの交わりをもたらし、かれらから学ぶ機会ともなっている。そして老齢にもかかわらず、どんなに重要なテーマやどんなに難解なテーマに取り組んでも、心や体が疲れるということなどまったくない。これらも、素晴らしいことではないだろうか。

来世のことも生き生きと楽しく想う
まだまだある。私はこの歳で、ふたつの生を楽しんでいるようにおもわれる。そのひとつが今の現世であり、もうひとつが頭のなかで考えている来世のことである。
この天国を想うことは、私にとってじっさい大きな楽しみとなっている。私は、神様のかぎりない恩寵によって永遠の生命を得ることを確信している。神様の目からみてもきわめて好ましい、食を節した規則正しい生活ゆえに、この地上の生を満喫していると同時に、またその一方で、神様が想像を通して私にお見せくださっている天国の状態を楽しんでいる。
こうした来世に関する想いは、非常に生き生きとしたものなので、この予見がその通りになることに少しの疑念もない。
さらに、私が心に描いている死に方は、いわゆる死とはいえないということである。それはむしろ、魂がこの地上からあの天国へと移る「道行き」というべきだろう。いずれにしても
こうしたふたつの世界にまたがる想いは、きわめて心地よく、いわゆる「肉体の死」といった地上的な考え方とはまったく異なっている。
したがって、この世の生を終えることに、少しの不安もない。むしろ私の心は、素晴らしい天国での生活が待っているという期待感に満たされている。

もし私のこれまでの生活と同じように生きるなら、多くの人が私と同じように、幸せな人生を享受できることだろう。なぜなら、私もまた、聖人などではなく、一介の凡人にすぎないからだ。

聖職者は一般の人々の規範となるように
世の中には、精神的あるいは宗教的な生活をおくる人たちがいて、かれらは日々の重要な勤めとして神を讃えたり、人々に神への奉仕を説いたりしている。もちろん、こうした生活が立派であることはいうまでもない。
したがって、こうした人たちが、そのうえに、食を節した規則正しい生活をしたなら、神様の目にも人々の目にも、どんなに素晴らしい、あるいは好ましい、人間として映ることだろうか。疑いもなく、かれらは今よりはるかに世間から仰ぎみられる存在となることだろう。なぜなら、つねに健康と幸福とにめぐまれ、長生きし、そとため智慧を得て、いっそう世に有用な人間となるからである。

しかし、現実はむしろ逆で、大半の者が病気になり、気分もすぐれず、気持ちも暗い晩年を送っている。そしてそうした苦労を、神様が救いのために与えてくださったものだと考えている。言いかえれば、過去の愚行を悔いあらためるべき機会とみなしているのである。
これは、大きな間違いといわざるを得ない。ご自身がお造りになった愛すべき創造物である人間が病んだり悩んだりすることを、神様が望まれるはずがない。人間がこうした問題に直面しているのは、人間自身が知らずに、あるいは知りつつ、過食やその他の不節制によって自らにもたらしているからなのだ。
聖職者といわれる人たちが健康管理の点で世の模範となるならば、天国への道は今よりずっと歩きやすいものとなることだろう。じっさい、食を厳格に接することが心身両面の健康には欠かせないということを、一般の人々は教えてもらう必要があるのである。

私の切なる願い━あなた方も私と同じように健康で幸せな人生を
さて、いよいよこの『講話』を終えるにあたり、長年さまざまな人生の恩恵に浴してきた者として、すべての人々にたいし、次のことを重ねて申し上げたい。すなわち、私の口では語れないほど数多くのことに恵まれているということ、また、長寿ゆえの、そうした素晴らしい恩恵をあなた方にお伝えしたいがために、こうして書いているということである。
真にまことに、あなた方が、私と同じように、幸せな人生を享受できるようになることが私の心からの願いであり、そしてそのためにこそ、食を節することの重要性について、このように声を大にして言い続けている次第である」(終)
(後略)



Peace!!


Happy 10th Anniv !

Happy 10th Anniversary!

少しはやいけどね。
2007年9月22日オープンだったそうな。
タクちゃんのブログはスカイハイのオープン前からチェックしてたんでオープン初日にもお店いったなぁw
オープン直後のSky High Mountain Worksのブログ
開店当初のインプレッションをブログに書いてた。
超コアで隠れ家的なショップだが、発信力は非常に強くヤバイ電波がガンガン出ている。もしかするとこのショップが関西の山系アウトドアシーンを変えていくかもしれない、というパワーを感じさせるカッコいいお店だ。

あいかわらずヤバいヤツだけどねw
おめでとう!
Peace!!

ネイルペグとループ


ここいちばんの時にほとんどの地面に打ち込める強い味方。 と、引き抜くための頑丈なループ。どこで習ったか忘れちゃったけど、結び方を忘れちゃいそうだからメモ。引き抜きに使えるだけじゃなくて、目立つ色でループ作ってるとフィールドでペグを見失いにくいしね。Peace!!

ガイライン システム guyline system

Andrew Skurka先生のガイラインシステム


Bowline not
McCarthy hitch
trucker’s hitch
の3種類の簡単な結び方を使うだけでコストかからない。

プラスティックのラインロックやテンショナーパーツを使わなくていいので、
重量軽減
パーツが壊れる心配なし
冬季に凍りつくこともない
パーツに合わせた太さのガイライン以外でもなんでも使用できる

おすすめのガイラインは、強度と重量と使いやすさで
1.5-mm Kelty Triptease LightLine

おすすめのペグは、保持力と岩を使っての打ち込みやすさで
アルミのY字シェイプ 7-inch Kungix Tent Stakes

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ビデオ冒頭部分、シエルター付属のプラスティクパーツをニッパーで切断して取り外すシーンから解説がはじまるところが、パンクでかっこいい。
余分なパーツなしでガイラインシステムがシンプルに組めて素晴らしい。
もうプラシティックパーツはいらない。

Peace!!

F1

FBでシェアされてたんで調べてみた野口種苗さんのウェブサイト
野口のタネ/野口種苗 「F1」は出荷用。自分で食べる家庭菜園には「固定種」のほうが向いています。

知識として知っておくだけでも。
それにしても情報は常に全て公開されて、選択肢は常にあるべきだな。
選択することすらできない状態でいろんなものを口に押し込まれたくない。

タネが危ない! わたしたちは「子孫を残せない野菜」を食べている。~野口のタネ店主 野口勲さん

世界の人口が70億人を超え、膨大な人口を限られた資源で支えるためにさまざまな品種改良や農薬や化学肥料の開発、生産方法の開発が行われてきました。その究極とも言えるのが作物の遺伝子や種子に手を加えること。
いま世界の農家で使われているほとんどのタネが「F1」と呼ばれる一世代限りしか使えないタネ。そしてF1の中でもオシベがない「雄性不稔」と呼ばれる、生物学的には異常なタネが増えていると言います。
食糧生産の効率化のために増え続けるF1のタネ、その一方で私たちの食の安心や安全への意識は高まっています。このジレンマをどのように解決すればよいのか。著書や講演でF1種子の危険性を訴え、在来のタネを守る活動を広めている「野口のタネ」店主、野口勲さんにお話をお聞きました。

<プロフィール>
野口のタネ・野口種苗研究所代表 野口勲さん
1944年生まれ。
全国の在来種・固定種の野菜のタネを取り扱う種苗店を親子3代にわたり、埼玉県飯能市にて経営。
伝統野菜消滅の危機を感じ、固定種のインターネット通販を行うとともに、全国各地で講演を行う。
著書に「いのちの種を未来に」「タネが危ない」、共著に「固定種野菜の種と育て方」等。
家業を継ぐ前には、漫画家・手塚治虫氏の「火の鳥」初代担当編集者をつとめた経歴を持つ。
野口のタネ・野口種苗研究所(http://noguchiseed.com/
おいしさの8割はタネで決まる
現代の農業では、おなじ規格のものを大量に作ることが農家に求められています。そして、規格通りの野菜を作るためには「F1」のタネを使わなければならない。「F1(雑種第一世代)」のタネから育った野菜は、みんな同じ成育のしかたをし、型にはまったようなかたちになり、そして同じ時期に収穫できます。つまり、出荷しやすく、売りやすいということです。
一方で「在来種」や「固定種」と呼ばれる、昔から使われているタネは一粒一粒に特徴があり、多様性があり、早く育つものもあれば遅く育つものもある。葉の形を見たり、成育の状況を見ながら、大きくなったものから収穫します。一度タネをまけば長い間収穫できますが、需要に合わせてまとまった量を定期的に出荷することができないから、お金にするのは難しい。でも味も昔の野菜そのままで美味しいので家庭菜園に向いています。そして、いくら無農薬や有機肥料で育てても、味を決める8割はタネ、本当に昔ながらの美味しい野菜を食べたいなら在来種を自分で育てるしかありません。

だから私は家庭菜園のタネの店として在来種や固定種を売っていて、買う人もほとんど個人の方です。あくまでもタネを売る店で、育てるのはお客さんなんですね。講演会をやると7割以上の人が30代〜40代の女性ですが、質疑応答の時間になって必ず最初に受ける質問は「そんな野菜はどこで買えるんですか?」と。だから私は毎回「買えません、自分で育ててください。」と言うんです。実際、固定種の栽培は都内でやるほうが向いています。
なぜかというと日本の野菜はアブラナ科のものが多くて、かぶ、なっぱ、大根など交雑しやすいんですね。自家採種、自分でタネ取りするためには混ざりやすい野菜から隔絶した場所でやらなければならない。都内は畑がないから種採りするのがラクなんですよ、そばに同じような野菜がないから。そもそも、最近のF1野菜は花粉ができないから交雑しない、種を汚染しないのですが。タネ取りを都内の庭や畑でやるのはオススメできます。
ただ、F1野菜はいまの社会に必要なんですよ。昔は日本の8割の人がなんらかの農業をやっていました。お侍だって自分の畑を耕して野菜を育てていました。それがどんどん工業化が進み、高度成長期になると農村部に残って食べ物を育てる人が少なくなった。いまの日本では、215万軒(H27時点、農水省統計)の農家が1億2000万人の食べ物を作っているわけです。だから効率が良くないといけないし、周年栽培(1年中栽培すること)して供給しなければならない、だから社会全体の食の需要を賄うにはF1のタネが必要なんです。
ただ、そのF1の作りかたにもいろいろあって、人工授粉でやっていた時代や、アブラナ科の自家不和合性(自家受粉しない性質)を利用してやったり、自然の植物が持つ特性を活かして作られるF1に対しては、私も反対なんてしてなかったのですが。
いま、どんどん「雄性不稔」というオシベを持たない異常な株を利用して作られたタネが増えて、花粉ができない、子孫ができない、そういう野菜が増え続けていて、これが危険なのではないかと訴えている、危惧しているんです。

オシベがない、タネができない「雄性不稔」
雄性不稔を使ったF1の技術はアメリカでできたもので、それがいま世界標準になっています。もともと日本にあったF1のタネはアブラナ科の野菜から作られていました。しかしアブラナ科の野菜は海外にほとんどないんです。菜っ葉なんて食べているのは日本、韓国、中国くらい、欧米ではあまり食べないんです。
日本独特のF1技術というのが自家不和合性というもので、これを日本で採種していたときはよかったんだけど、タネ取りをする農家がいなくなって、F1の需要が増えて、それだけの量を日本で生産するにはコストが見合わなくなった。
だから父親と母親のタネの原種を渡して、採種をほとんど海外に任せるようになった。でも海外では母親を雄性不稔にして花粉のでない株をつくり、それを使ってタネを作るようになった。いま日本のタネがどんどん雄性不稔に変えられているんです。日本人の主要な食べ物である菜っ葉などが雄性不稔になって、それを日本人が食べるということ。だから私はいま危機感でいっぱいなんです。
雄性不稔の野菜かどうか、スーパーに並んでいるものを見てもわかりませんが、花を咲かせればすぐにわかります。試しに、スーパーで売っている大根やニンジン、タマネギなんかを庭に植えてみてください。やがて花が咲きますが、その花の先を虫眼鏡でよく見るとオシベがありませんから。オシベがない野菜ばかりになってるんです。つまり子孫を残せない野菜ばかりを食べてるんです、私たちは。それは危険なんじゃないのかと。でも誰もそんなこと知らないし、知ってるのはタネ屋だけだけど、タネ屋はそんなこと何も言わない。だからだれも知らないんです。
もし私が死んで、こういう固定種や在来種のタネを扱う店がなくなってしまったら、もうどこにもなくなってしまう。だから今のうちに私のところからタネを買って、自分で育てて、それを子孫に繋いでくれ、と言って回ってるんです。


誰もタネを採らなくなった
いまうちで販売しているタネも、どんどん種類が減ってきています。日本の菜っ葉は交雑しやすいので、すべてのタネを一カ所で自家採種することは難しい。例えばうちはカブのタネを採ってるんですが、カブをやると菜っ葉のタネは取れないんです。みんな交雑しておかしくなっちゃうから。菜っ葉の下がカブになってしまったり、カブの葉っぱが小松菜になっちゃったり白菜になっちゃったりするから。だからカブ以外のタネは他所から買うしかないんです。だからどんどん減ってるんです。
タネを採る人がいなくなったから、タネもなくなってきているんです。タネは採るものじゃなくて買うものだという時代になってしまったから。いまタネ採りの仕方を知っている農家は、80~90歳くらいの人だけ。その下の世代の50~60代の人たちはタネを採るなんて面倒くさい、それよりも買った方が安いし楽だしお金になる野菜ができると考えています。

タネを採るためには9月にタネをまいて、12月にだいたい野菜ができる。そのなかからいいものを選んでもう一度植えて、そして3〜4月に花が咲いて そのタネを採れるのが7月になる。一枚の畑をそれだけの期間占領してしまうんです。でも今の農業は同じ畑をいかに回転させて効率よくお金にするかという農業だから、半年以上ムダなことに畑を使うなんてもったいないという考えなんですね。
だから僕の話を聞いたり本を読んだ人から「種採りをしたいんですけど、どうすればよいですか? 採るのは難しいですよね?」とよく訊かれるんですが、難しいことなんてないんです。植物は人間に食べられるためじゃなくて、自分の子孫を残すために生きてるんだから、ほっとけばみんなタネになるんです。
昔は世界中の何億人という農民がみんなやってきたことなんです。それが昭和30年代後半くらいからF1のタネができて、形のいい揃いのいい市場で売れやすい野菜ができるというので農家がみんなよろこんで買って、そしてタネを自分で採ってみた。すると先祖帰りしてしまって、次の代ではめちゃくちゃなものしかできないということがわかった。そこからタネはもう採るもんじゃない、買うもんだ、ということになってしまった。昭和50年代くらいからタネ採りをする農家はなくなってしまいました。

日本のタネは外国製?
大手の種苗会社はF1か雄性不稔か自家不和合性かなんて言う必要がないから自分からは言わない。雄性不稔か自家不和合性かなんて訊いても絶対に教えてくれない。JAで売られているのもほとんどF1で、しかも古いタネです。そして、いまのF1のタネはほとんど海外採種になってしまいました。海外から入るF1のタネと国内で採る固定種のタネの値はそんなに変わらない。海外の方が安く入る場合もあります。
昔は海外の種採りメーカーも、1エーカー作らせてくれたら何でも採りますよ、ぜひ依頼してくださいと言ってたのが、いまでは5エーカー作らせてくれないと採ってやらないぞ、ということになってきて、5エーカーというと2町歩、2ヘクタールのタネというと何トンもの量になる。それが海外でできると、アメリカやイタリアなどの北半球では日本と同じように7月ころにタネが実って、それが船に乗って日本の神戸か横浜について、港の植物検疫所で菌や虫の卵が付いていないか検査されて、そのあと日本の種苗会社に入ってくるわけです。

昔の種苗法という法律では、採取年月を表示する義務があったんですが、海外採種のタネが日本に入ってくる頃には蒔き時を過ぎるので、古いタネを次のシーズンに売ることになってしまう。そこで農水省と大手種苗会社で相談をして、最終発芽試験から1年間有効という表示に法律を変えてしまった。そのために、何トンというタネが、採取から半年後に日本に入ってきて、農水省が何億もの補助金を出して作った種子貯蔵庫に保管する。
その中に入っている限り発芽率は落ちないという前提で、温度は15℃以下で湿度が30%以下、タネの保存に最適な環境を作り出す。タネは呼吸しているから、梅雨時から真夏にかけて呼吸作用が増えて体力を消耗して、夏を過ぎるころにはガクンと発芽率が落ちてしまう。ところが、湿度温度が一定のところで保管すると発芽率はそんなに落ちない、5年経っても10年経っても。農水書の決めた標準発芽率をクリアしている限り、いつでも新しいタネとして売ることできるんです。

(タマネギの種畑)
「タネなし」を好む現代人
うちのお客さんは大きく二つのピークがあって、ひとつは70代から80代の方。会社を定年退職して、いままではスーパーで買っていた野菜はどうも美味しくないから、自分で有機栽培して、昔に食べたおいしい野菜を食べたいと思って栽培を始めたけどどうも昔の味にならない。理由を調べると、やっとタネが違うからだということに気が付いて、うちから買うようになった人たち。もう一つは30代から40代の方で、子供が生まれて、健康に育てたいという人たち。その間のお金を稼ぎたい年代の人たちは一切興味がない。
いまの人の「美味しい」は、甘くて柔らかいもの、生で食べられるもの。昔の大根なんて堅くて辛い。なぜかというと細胞のひとつ一つが緊密で均一だから。F1だと固定種で3〜4ヶ月かかるところを2ヶ月で収穫してしまう。2ヶ月で成育するということは、細胞が水ぶくれのようにフニャフニャで、その細胞を維持するために細胞壁が強くなって根が崩れるのを防ぐ。だからいまの大根を大根おろしすると水分でペチャペチャものが出てきて、おろし金の方には繊維が残って付いている。昔の大根をおろすと均質なものになります。いまの大根はすぐに煮えますが、昔の大根は時間をかけると辛みが甘味にかわる、味も全然違うんです。
いまの子供はトマトにタネがあるのも嫌がるという。タネがないものがおいしい野菜なんです。子供がよろこぶからという理由で、トマトまで雄性不稔になっています。本来植物は人間に食べられるために生きてるんじゃない、タネをつくって子孫を残すために生きている。そのタネを邪魔だというような世の中になってしまったんですね。

植物以外にも広がる「雄性不稔」
クロレラ工業という会社が私の講演会を主催してくれたのですが、彼らから面白い話を聞きました。種無しぶどうは花が咲いたらジベレリンという植物ホルモンにどぶ漬けして、ホルモン異常を起こすことでタネをできなくするのですが、その種無しぶどうにクロレラを散布するとタネが復活するというんです。要するにクロレラの持っているミトコンドリアがタネをつくれるように修復するんだね。雄性不稔もミトコンドリア異常によって起こるものなので、ミトコンドリアの力が強いタネのちゃんとした野菜を食べていたら、人間の無精子症のようなことにも効くのかもしれないと思っています、まだ証明されたわけじゃないのですが。
関連する話で、世界的にアメリカで特に問題になったミツバチの大量死の問題があります。原因はネオニコチノイドを使った農薬だと言われていますが、他に原因があるのではないかと私は思っています。日本で起きたケースでは、蜂の死骸が巣箱のまわりに積み上がっていて、ネオニコチノイド農薬をなめた蜂が巣箱に帰るまでにバタバタと倒れたということが想像できますが、アメリカのケースでは「いないいない病」と言われていて、死骸がどこにもない。昨日まで大量にいた蜂が突然巣箱から消えた。
これが2006年から2007年に起こって、全米で飼われていた240万箱のミツバチの巣箱のうち、3分の1の巣箱が空になってしまった。養蜂家で生物学者の方によると、これに似た現象が20年に一度づつ繰り返し起きているという。ということは1990年代に住友化学が作ったネオニコチノイドが原因ではないことになる。

(ミトコンドリア)
1960年代に初めて起き、そこから20年前に何らかの原因が作られたと考えると、1940年代、まさにその時に世界で初めて雄性不稔、つまりミトコンドリア異常のタマネギのタネが売り出された年なんです。雄性不稔の母親に対して、オシベのある父親を3:1で植え付けて、雄性不稔のF1種を大量生産するのですが、その受粉にミツバチが使われているんです。
女王蜂は2年生きるのですが、全部メスの働き蜂と雄蜂は1年しか生きない。雄蜂は精子を提供するだけの目的で、女王蜂に精子を出した瞬間に即死します。巣箱に残っているオスは、自分ではエサをとる事のできない、なまけものの「ドローン」のオス蜂なんです。これが秋になって冬が近づいて花がなくなると、メスの働き蜂から巣箱を追い出されてしまう。自分で蜜をとる方法を知らないオス蜂は、そのままのたれ死にする。
冬になると巣箱の中は何万の働き蜂と女王蜂、メスだけになる。2月くらいになって花が咲き始めると、働き蜂の偵察隊が外へ出て行って最初にとった蜜をローヤルゼリーにして2年目の女王蜂に与える。女王蜂はその刺激で卵管が開いて、また卵を産み始める。そこで生まれた卵が次の女王蜂と、雄蜂と働き蜂になる。

2006年から2007年にかけて蜂がいなくなったということは、冬から春になる時期というのは、メスだけのコロニーになった巣箱に、待望の雄蜂が生まれたときなんですね。20年に1度起こるという事は、女王蜂でいうと10世代。この間で女王蜂に蓄積された何かが原因で、10世代目の女王蜂が生んだ雄蜂が、無精子証になって生まれたんじゃないか、もしそうだとしたら、もうその巣箱には未来がない。
ミツバチというのは500万年前に進化が止まっていて、その間ずっと同じ事をやってきた。しかし20年に1度づつ、何が起こったかわからないけど、精子を持たないオスが生まれてしまった、巣の未来がなくなった。種を残すというアイデンティティを失ったメスのミツバチたちが未来に絶望してどこかへ飛んで行ってしまった、そういうことが起こったのではないか、というのが僕の仮説です。こんなことを言ってるのは世界中で僕一人なんですが…。

人間のタネは大丈夫か?
これは人間にも起こりうる話で、精子の数というのは1940年代に最初の統計があるのですが、この時期に人間の精子1cc(ml)あたり平均1億5000万いたそうです。しかし、いまは4000万、しかも年々減り続けています。これが2000万以下になると、無精子症と呼ばれるレベルで、性交しても自然には受精させることができない。
無精子症はミトコンドリアの異常で、精子の尻尾の付け根にはミトコンドリアが棲んでいて、尻尾を振るエネルギーをミトコンドリアが作っている。これによって精子は自分で卵子に向かっていく。この運動量、睾丸で生まれて卵子に辿り着くまで、人間のスケールに直すと100km、だいたいマラソンを2回走るくらいのエネルギーを尻尾の付け根にいる100匹くらいのミトコンドリアが生んでいるんです。

そのミトコンドリアの力が弱くなってる、精子が泳ぐ事もできなくなってる。いまの人間の精子を顕微鏡で見るとノタノタしていますね。牛の精子を選んで人工授精をしている人によると、人間の精子なんてもうほとんどが牛だったら使えないレベルだそうです。これは食べ物からきてるんじゃないでしょうか?
もともと動物は脳を持っていなくて腸で全て判断していました。だからクラゲのような腔腸動物には脳がなくて、腸がその役割をしています。食べたものを腸で判断して、その中で大事なものを次世代に残すために生殖器官へ渡す。人間の精巣や卵巣が変化しているのも食べたもののミトコンドリアに原因があるのではないのかと思っているんです。動物が最初に目を持ったのは、腔腸動物のような生き物が植物プランクトンを食べて、その光を感じる遺伝子を生殖細胞に取り込むことで初めて目を持った。食べたものが子孫を変えていくんです。

種を未来に残すために
雄性不稔のタネと同様に、安全性に疑問を持たれていたのが遺伝子組み換えのタネですが、こちらはあまりにも消費者から評判が悪くなってしまって、ヨーロッパの方ではもう遺伝子組み換えのタネを受け入れている国はスペインだけになってしまいました。
それでモンサントのような巨大タネメーカーも遺伝子組み換えからは手を引き始めています。アフリカの貧困国の援助のためだけにタネを作っていてもしょうがないということで。
最近モンサントが新たにはじめたことが、日経サイエンスでは「組み替えなしで高速育種」、WIREDでは「完全野菜」というタイトルで紹介されています。これからはこれだと、モンサントが一生懸命進めようとしているのですが、交配技術で作るということは雄性不稔で作っているのではないかと。ミトコンドリア異常で子孫をつくれない野菜を交配してできたF1の野菜を完全野菜と称して世界中にばらまこうとしているのではないかと懸念しているんです。

(モンサントの遺伝子組換え野菜に反対するデモ)
タネが採れないということは、タネを盗まれないということ。自社の技術を独占できるということなんです、こんなに簡単なことはない。遺伝子組み換えというのは花粉にまで遺伝子が含まれていますから技術を独占できない。誰かがタネを採ろうと思ったら取れてしまう、だからいまは特許で縛っています。でも雄性不稔にすれば、花粉そのものがなくなるから、タネが盗まれる心配はない。タネさえ持っていれば独占できる、大もうけできるわけです。
昔は世界で何億人もの農家たちがみんなタネ採りをやっていたから、タネを支配しようなんてことはできなかった。しかしタネは買うものになったら、種苗会社を吸収してどんどん大きくしてモンサントみたいな巨大企業になってタネを独占すれば世界の食糧を支配できる、つまり世界を支配できるんです。
私もよくタネ屋なのになぜ自家採種をお客さんに勧めるんですか、と聞かれるんです。タネを売って儲けるだけなら、こんな商売はしていません。自家採種して一軒だけでも自分の家族は健康に育てたいとタネを採ってくれていれば、もし世界中のタネがモンサントに独占されたり、そのタネのせいで人類が滅亡するとなったときに、日本中の家庭菜園のどこかに固定種のタネが残っていれば、その健康なタネを元にして、また増やすことができる。もう一度人類を復活させることができる。そのために固定種と在来種のタネの販売を続けているんです。

タネを残す「ノアの方舟」は機能するか?
いまビル・ゲイツなどがノルウェー国家と一緒になって「最後の審判の日のための種子」と称して、もしも人類が滅亡するような時があったらそのタネで生き抜こうという目的のためにタネの保管庫を作りました。ところがそれは、零下18度から20度で冷凍保存されたタネは1000年でも2000年でも生き続けるという学術論文に基づいて行われていて、その論文を書いたのが日本の農水省のジーンバンクです。
ジーンバンクでは1980年代に、このまま雄性不稔のF1が増えていったら日本のあちこちにある在来種が消えてしまうと危惧して、それで日本中の種子屋が協力して種を集めて保存しているんです。そこではただタネを保存しているだけじゃなくて、各県の園芸試験場や育種団体、種苗会社などに新しいタネをつくる素材として譲ることもしています。

(スヴァールバル世界種子貯蔵庫)
保存庫からタネを出すとき、零下18度からいっぺんに外に出すと体内の水分が膨張してタネの細胞を殺してしまうのでゆっくり常温に戻して、それを数グラム5000円で分けてくれる。しかし、ある種苗会社から聞いたのは、筑波のジーンバンクからF1品種の菜っ葉をつくろうとして十何品種手に入れたけど、芽が出たのは一つだけだったよと。
理論上は1000年でも2000年も生きてるはずですが、たかだか30年くらいでタネが死んてしまう。要するにタネの持っている生命力、代謝を止められた生命というのはそんなに長く生きるもんじゃないということです。その理論に基づいてノルウェーでやってるんだから、あれはおそらく壮大な無駄遣いになるでしょう。ホームページによると大根だけでも500種類くらい、だいたい1種類500粒くらい、うちで売ってる一袋の分量しか保存されていない。
筑波のジーンバンクでも最初の理想としては、ただ一カ所に保存するんじゃなくて10年か20年たったら筑波の畑に蒔いて、もう一度タネを更新して、また保存するという決まりでした。いまは委託先の団体がタネの更新をしているみたいですが、それがノルウェーになると氷河の下に穴を掘って保存しているタネ、たかだか一種類500粒くらいのタネを更新しようとしても外は氷の世界だし、ただただムダに保存しているだけだと思いますね。

タネを残すために、私たちにできること
一時期のEUではEU内各国で農作物の共通の価格を維持するために、国に承認されたタネしか売買や流通ができなくなり、各国の政府の審査と認可が必要になりました。イギリスだと1品種あたり70万円の認可料で、特にフランスでは勝手にタネを採って流通させたら罰せられるという状況になった。自家採種したタネを交換した罪で多くの農家が投獄されましたが、最近は緩和されたようです。その理由が、認可された新しいタネの野菜より昔の野菜の方が美味かった、流通する品種が減ることは生物多様性の上で問題であると。
フランスでは4000〜5000人規模の「ココペリ」というタネを交換する団体があり、タネを自由に売買できないので、会員制の組織を作って年会費を払って、カタログに載っているタネを会員が無料でもらえる仕組みができました。育てた野菜は流通させずに自家消費して、採ったタネをまた会に送り返す。そのようなやり方で多様性が維持されています。

(種子の交換 CC BY-NC-SA 2.0, BlueRidgeKitties, Seed Swap)
植物というものは本来変化していくべきものなんです。生命にとって「変化」は重大なテーマで、環境が変わったら自分も変わらなければ生き続けられない。植物というのは自分で歩けないので、根が生えた世界を生きるしかない。人間にとって神経や脳にあたるような思考する器官、自分の育っている環境を判断する能力は根の表面にあって、根を張ったその土地に合った子供をつくって、それが花を咲かせて、また同じ土地に落ちてまた育っていく。その土地の環境にあった体に変わっていくんです。自家受粉性の植物でも土地が変化すると、土地に合わせてどんどん変わっていきます。だから人間が品種を変えるまでもなく、植物自身が変わっていく力を持っているんです。
私はタネ屋を継ぐ前、手塚治虫の漫画編集の仕事をしていました。彼のテーマ、作品の根幹は生命。命をつなぐこと、地球の環境と生命を持続させることでした。このタネ屋のテーマも同じです。このままだと世界はお金持ちや大企業の思う方向に進むだけであって、その中で私たち個人が生き延びるためには、自分でタネをまいて野菜を育てて、それを食べて、自分でタネを採って、それを自分の子供につなぐしかないと思っています。
それをやるかやらないか、それはあなたがたの問題です。うちはタネを提供するだけです。そして一度買ったタネは二度とうちから買わないでほしい、タネをちゃんと採って欲しい。あなたの土地に合ったタネを育てて欲しい。それが野口のタネの営業方針です。



Peace!!




広く優秀な人材を

立候補のための供託金が高く、選挙活動にも多額のお金と時間のかかる現行の選挙制度では、広く優秀な人材を集めることは難しい。

素晴らしい人材が素晴らしい政策を持っていたとしても、立候補する資金がない、選挙活動をする資金がない、日常の仕事があるので時間もとれない等という理由でせっかくの人材や政策が社会にでることなく埋もれたままになってしまう。

これは社会全体にとっての大きな損失だろう。

現行制度には早急な改善が必要だと思う。

もっと広く優秀な人材を集めることができる方がよい政治ができる可能性は高くなる。
ひとりではできない改革も多くの優秀な人が集まることによってきっとできるようになる。

そのために、まずは「選挙制度の改善」を政策に掲げる議員をひとりでも多く送り出して選挙制度の改善が必要だ。

すぐれた頭脳を広くたくさんあつめることができるようにするべきだ。そうすればもっと合理的に民主主義を運営して、社会をよりよくできるはず。

というわけで、選挙制度の改善を政策とする候補者の多数の出現を期待しています。


茂木さんの選挙制度に対するツイートにはとても共感できる。
Peace!!

時間という幻想

古代ギリシャの時間論では、
「禅とオートバイ修理技術」ロバート・M・パーシグ 序文

この本には古代ギリシャの遠近法とその意味について数多くのコメントが含まれている。だがそのなかで一つだけ見落としているものがある。時間論である。彼らは未来を自分たちの背後からやって来るものと見なし、過去を眼前から後退するものであると見なした。

だそうだ。

時間は、過去ー現在ー未来と一方向に一直線に流れているという考え方が一般的だけど、最新の物理学では未来が過去に影響を与えることも概ねわかってきているみたいだね。
時間という概念に対する人間の考え方だからそりゃあ多様性があって当然だろう。

メディアから流れてくる情報は、やたらと過去を後悔させるものや、未来を不安がらせるようなものばかり。
「いま」について深く考えさせるようなものは少ない。
どうやら「いま」に集中させたくないんだろう。

過去も未来も幻想。
存在するのは「いま」だけ。
「いま」に集中したほうがよさそうだ。

Peace!!




ロングライドの自転車のセッティングとか、サドルとか、

自転車に長時間乗ってるときにはかなり頻繁にフォームを変えている。長時間ライドを快適にこなすためには乗車姿勢の多様さが大事だと思う。
ずーっと同じ姿勢じゃ自分は5分ともたない。いや3分ともってないかも。

同じポジションのまま自転車に乗り続けていると、からだの同じ場所にだけ同じような負担がかかり続けるので、からだの一部にのみ疲労が蓄積する。で、疲労軽減および回復のためにいちばん最初にやるのは、ハンドルを持つ位置をかえて上半身のフォームを変えること。これで上半身の負荷のかかる場所を変えて疲労軽減や回復を図る。ドロップハンドルの場合は結構劇的に姿勢を変えることができるのでわかりやすいが、フラットバーやアップハンドルであってもグリップに手をおく位置を端よりにしてみたり中央よりにしてみたりとグリップする位置を変えて姿勢をコントロールして負担軽減策を取る。

が、しかし、これでは上半身のフォームを変えることはできても、下半身はそのままで乗り続けることになる。やはり下半身も変化させたい、変化させないと疲れて5分ともたない。いや3分ももたないかも。で、どーするかというと、ほとんどの人がある程度は無意識でやっているとは思うんだけど、サドルの上でおしりの位置を前後に動かしている。

サドル上で前後におしりを動かすことによって、劇的に乗車フォームが変化して、からだの負荷がかかる位置を大幅に調整できる。

着座位置の前後によって、単純にハンドルーサドル間の距離が変わるだけでなく、サドルは基本的に水平にセッティングされているので、着座位置を前後に動かすと座面ーBB間距離(おもにサドルの高さで調整するペダルとサドルの距離、簡単に言うと足の伸ばし具合)も変わる。そしてもちろん、BBとからだの前後位置関係も変わるので漕ぎ方(ペダルの回し方)も変わってくる。

なんとちょっとおしりを前後に動かすだけで、フォームが変わるだけでなく自転車の基本的なセッティングの中でもとても重要なハンドルーサドル間距離やサドルの高さが劇的に変化している。

ステムの長さを1cm長いものにするか短いものにするかとかという問題は、パーツ変更の際には大いに悩ましい問題である。が、しかし、そのステムによって調節するはずの1cmや2cmのハンドルーサドル間距離などというものは、おしりを少し前後に動かすだけであっというまに変化しているのである。
サドルの位置とサドルのデザインは重要です。

からだの重心位置そのものが変わるので前後輪への荷重の掛かり方も変わる。すなわち着座位置を前後することによってフォームだけでなく自転車の運動特性も大きく変化する。このあたりは、急坂・激坂の登りや下りのときのライディングフォームに積極的に活用されていることと思う。ただ、そういう急坂・激坂といういわば緊張状態のときだけでなく、平坦な道をだらだらと長時間乗る場合に、この着座位置の前後への変更を積極的に活用することでライディングはかなり快適になる。これを理解して意識的に利用するだけで全然からだの疲れ方が違ってくる。

前後におしりを動かして快適じゃないサドルはよくない。前後におしりを動かしても快適なサドルがいい。
ただ単に幅が細くて前後に動きやすいってことではなくて、快適に着座できる場所が限られたワンポイントだけではなくて、前後に幅があるってことね。

サドルを選ぶときに、ポイントとして「着座位置を前後に動かしても快適サドル」の重要性を説いたアドバイスを自分は見かけたことがないが(っていうかこの5-6年自転車関係のうんちく本とかまったく読んでないから見かけてるはずもないがw)、このおしりを前後に動かしていろんな位置で快適に座ることのできるデザインというのはとても大事だと思う。

あまりにも軽量化や効率化を突き詰めて小型化された窮屈なサドルよりも、前後に着座位置を変更できる許容量の大きいサドル、ある程度ゆるいデザインのサドルの方が自転車に長時間乗ってても楽ちんだし。楽ちんだってことは長時間ライドが快適で疲労も少ないので安全。
そういうサドルをつかって、ライディングポジションをうまく変えていくと、自転車に乗りながらだんだんとからだが疲れていくだけじゃなくて、自転車に乗りながらからだの疲れた部分の回復もうまくできる。疲れているところを回復させながらじょうずにからだを使って快適に安全に長距離ライディングを楽しみたい。

サドルのデザインだけでなく、自転車全体のデザインやセッティングも、ライディングフォームの多様さを許容する必要がある。あと、頭の中でも「ベストなライディングフォームはこれ」っていう思い込みで乗り続けるのじゃなくて、路面状況、天候、からだのコンディションにあわせた楽チンで快適なライディングフォームを常に考える必要がある。

Peace!!
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