NO PET SHOP

ドイツでは犬や猫の殺処分はゼロで、ペットショップもないんだって。

殺処分ゼロ!世界で一番犬が大切にされている国の取組み
ドイツのペット事情
殺処分数に大きな差 「ペット先進国」のドイツと日本の違いは法にあり?
『命の期限』いりません! 殺処分ゼロのドイツと16万匹が殺される日本の違い

ホームセンターなどでもペットコーナーがあるし、あちこちにペットショップがあるのが当たり前のように思ってたけど、当たり前じゃないんだ。
保健所で大量の犬や猫が殺処分されるなんてことも絶対になくなった方がいい。
ドイツの例は、そういうことも可能なんだと教えてくれている。
「やればできるんだ」って。
このことを知るだけでも、現状から変化を起こせる可能性を感じる。
知る前と知った後で自分の中でなにかが変わる。
まさに、知識は力となる。

ペットショップも殺処分も、あまりにも当たり前のように存在している。
でもこの世の中には当たり前のことなんてなくて、すべてになんらかの理由がある。
このことのみじゃなく、社会のいろいろなことを、そんなものなんだよ、仕方ないんだよっていうだけの空気の中にいると問題に気づくことすらできない。けれど、きちんと光を当てて、普通に考えてみるだけで、おかしなことだなってわかることがたくさんある。そして、解決できるのに解決しようともされていないこともたくさんある。
その空気こそがまさに作られたものだから、本当は問題だらけなのに、「そんなものなんだよ」「仕方ないんだよ」「これがベストな状態なんだよ」って思えるように編集された情報を繰り返し繰り返し当たり前のように垂れ流されてると、最初は疑問に思っていてもだんだんと言われるがままに感じるようになってしまう。

もっと自分の感覚を信頼しよう。
そして、もっと自分の頭で考えよう。

Peace!!

PRIMUS P-114

もう4-5年は愛用しているガス用のシングル バーナー ストーブ PRIMUS プリムス P-114。
いまだにガスバーナーのなかではもっとも小型軽量な部類なんじゃないかな。
もうモデルが変わって今はP-115ってのになってる。

圧電点火装置を外した姿はシンプルでかっこいい。

ハイキングに持ち出すのはもっぱら雪の季節だけだけど、小型軽量で強力なガスバーナーはやはり雪を溶かして水を作るなどのパワーの必要な仕事には便利。
火力も結構調節できるし、点けたり消したりと小回りも効いてやはりガスバーナーは使いやすい。
欠点は少量のガスを携行したいときに、中身のガスの重量に比して容器である缶が重いこと。
110g容量の小さい缶ガスでも、満タン状態だと中身のガスの重量が110g、それと中身が空のガス缶のみの重量がだいたい87g-90gなので、満タン状態の小ガス缶を携行すると約200g。
ガス缶って丈夫だしほんと便利なんだけどね。
どーせ重たいついでだし、カチッと一発着火は気持ちいいのでってノリでイグナイターをつけたまま使ってたんだけど、点火の調子がいまいちになってきたのでイグナイターを取り外した。そのついでに、代替装置となる大好きなBiCのライターといっしょに計量してみた。

本体50.7g 圧電点火装置13.9g ライター14.1g
ライターとほぼ同じ。
ってことはライターの方が火花飛ばす仕組みが電気仕掛けじゃなくて物理的にシンプルで壊れにくいし、なんならそれ単体でも火がつくし、随時新品にアップデートできるし、同じ重量なら完全にライターとの組み合わせで持ってく方が全然いいじゃん。 ってことで、イグナイターはゴミに。
しかもこのライター、買ってきたままのまっさらな状態なんで子供のいたずら点火防止装置もまだ取り外してないし(BiCのライターはペンチで引っこ抜ける)、【警告】ステッカーも貼ってあるまままだ剥がしてないし(あらゆる不要なステッカーは剥がして愛用することにしている)で0.2gとかの差は消えてなくなるはず。どっちにしても何回かショボッって着火してガス消費しちゃえばすぐに軽くなっていくんだけどね。

うーん。それにしてもアルミの削り出しとチタンの精密な部品の組み合わされたこの小さなバーナーはほんとにかっこいい。こいつのデザインがかっこいいからずっと愛用してるってところもある。ってか、そこんとこがかなり大きい。いま出回ってるガスバーナーのなかでもこいつかなりかっこいいと思います。買うときもかっこいいからこれにしたしw

ちなみに
旧型P-114と現行モデルのP-115を比較してみると、
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P-114
PRIMUS(プリムス) 114ナノストーブ P114
出力:2.7KW/2300Kcal/H(T型ガス使用時)
ガス消費量:150G/H
燃焼時間:約90分(IP250ガス使用時)
MFMM採用ゴトク径:最大120mm/最小80mm
収納サイズ:5.5×7.7×2.8cm(本体のみ)/6.5×7.7×2.8cm(圧電点火装置装着時)
重量:本体51g+圧電天下装置部13g
ナイロンスタッフバック付属(ガスライターポケット付)

P-115
115フェムトストーブ
点火装置付きで56gを実現した最軽量ストーブです。火力調整つまみを押し込むだけで点火が可能な新型装置を搭載しています
¥7,000(税抜) 圧電点火装置付
出力:2.5kW/2,100kcal/h(Tガス使用時) 
ガス消費量:170g/h
燃焼時間:約80分(IP-250ガス使用時) 
ゴトク径:大120mm/小80mm
収納サイズ:5.4×7.4×2.7cm 
本体重量:56g
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外観的にはP-115はP-114では外付けでかさばってた圧電点火装置が内蔵されてシンプルになっている。そして内蔵イグナイター付きの状態でP-115の方が8g軽い。でもP-115はイグナイターが取り外しできないので、イグナイターを外した状態ではP-114の方が5g軽い。パワーとか燃費とかは使い方にもよるしそんなに大差ないんじゃないかな。
新しいP-115のデザインについて、もう少し火力も強くてゴトクも大きい便利さ優先タイプのバーナーならなんなんだけど、こういったシンプルで小型軽量さを追求してるタイプのバーナーの場合は、構成部品の少ない設計のほうがシンプルだしトラブルの可能性も少ないしで優れている点が多いと思う。ってわけで点火装置は無しかもしくは取外せるデザインの方が好みだな。デザイン気にいっているしまだまだP-114を愛用しよう。

ガスバーナーながめたついでに、
あらためてヘビーに使い込んでるアルコールストーブを見てみると

4.6g

ウィンドスクリーン(風防ね)といっしょでも13.6g

ついでにチタンカップ、ライターと折りたたみスポークもいっしょで88.5g

アルコールストーブもウィンドスクリーンもハンドメイド。だからコストめっちゃ安い。作り方もすごく簡単。
そしてかっこいい。
ガスバーナーと比べるといろいろ不便だし、火力弱いけど、超シンプルで超軽量。大好きなシステムです。
意外に丈夫で長持ちしてるしね。
燃料であるアルコールの持ち運びだけど、これは少量の場合は目薬の容器くらいの入れ物から大容量になると炭酸飲料のペットボトル(普通の水のペットボトルとかと比べると炭酸飲料のペットボトルの方がずいぶんと丈夫です。)とか専用のボトルとかまでいろんな選択肢がある。容量と強度の組み合わせでいろんな容器が選べる利点がある。

ガスかアルコールか。どっちのシステムもすごくいいと思う。
どっちがいいんだろう?っとかよく考えちゃうと思うんだけど、どっちもいいんだよねー。
どっちがいいとか悪いとかどーのこーのの問題ではなく、これはスタイルの問題ですな。

Peace!!

MR.DYNAMITE 

そういえば昨日見てきたんだった。


MR.DYNAMITE The Rise of James Brown   ミック・ジャガープロデュースのこのフィルム(いまやデジタルデータなんだろけどね。あえてフィルムと書く)。JBのストーリーだけでなく、ジャズ、ファンクからヒップホップまで続く黒人のソウルのストーリー。そうそうたるアーティストや関係者たちのインタビューがこれまたディープ。パブリックエネミーのチャックDも出てくるよ。

ミック・ジャガーはこの2016年7月からスターチャンネルで放送の『「VINYL(ヴァイナル)」ミック・ジャガーxマーティン・スコセッシ製作総指揮 史上最高のロックンロールストーリー』でも自身の駆け抜けた時代のフィルム(いまやデジタルデータなんだろうけどね。あえてフィルムと書く。2回目。)製作にかかわってる。近々になにかもっと大きなムーブメントでもあるのかな。それともいまこれこそがそうなのかな。

PUBLIC ENEMYパプリック・エナミーのFIGHT THE POWERはJBのFUNKY DRUMMERをサンプリングした曲の中でもベストだって紹介されてた。

パブリック・エナミーのファイト・ザ・パワーはスパイク・リー監督の映画「ドゥ・ザ・ライト・シング」のために書かれた曲だけど。そのスパイク・リー監督は今年2016年2月の「白すぎるオスカー」といわれていた今年のオスカー受賞式の夜、オスカーをボイコットして、タキシードにゴールドカラーのジョーダンっていうファッションでニックスのバスケの試合を見にいっている。

ファッションと行動というまさに日常のアクションでFIGHT THE POWERな強力なメッセージを発信してる。スパイク・リーって素敵な人だな。

PUBLIC ENEMYのFIGHT THE POWERは社会や政治の権威や権力と戦う曲な。


で、お次は DON'T BELIEVE THE HYPE


Peace!!

ホセ・ムヒカ

「世界でいちばん貧しい大統領」のスピーチ


「世界でいちばん貧しい大統領 ムヒカ来日緊急特番~日本人は本当に幸せですか」


2012年リオデジャネイロで開かれた国連会議でのホセ・ムヒカ大統領のスピーチ
——
会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?

質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクロス、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています

「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合にそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。

根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、世界でもっとも美味しい1300万頭の牛が私の国にはあります。羊も800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。

ありがとうございました。
——
(訳:打村明 参照元 http://hana.bi/2012/07/mujica-speech-nihongo/)



2016年4月に初来日した際の、東京外国語大学での講演。
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ドン・キホーテが言っていました。「君が行った場所で見たことを、そこにいる人たちと同じようなことをすべきだ」と。これは何を意味するのでしょうか?
これが意味することは、例えば、ここは今日本ですけれども、日本人には独自の文化があります。そして、その考え方、性格があります。日本人としてのあり方があります。また、特性というものを持っています。そういった特性に触れて、私は非常に強い感銘を受けました。
ある意味で私は、私自身に言っていることです。私の友人にも言っていることですけれども、日本人はまるで東洋のドイツ人だと思いました。非常に秩序立てて物事を判断する、という印象を持ちました。これは非常に驚くべき文化だと思います。
今回、私は非常に感謝しております。人生に感謝にしております。現在80歳になってから、日本に来るチャンスが得られたことを感謝しております。本当に感謝しています。この私の訪日を実現してくださったこと。そして、私が私の人生の後半に至って、この重要な、日本という国を知り得たことに感謝したいと思います。
日本は私の国(ウルグアイ)とは本当に対局にある、反対側にある国であります。しかしながら、私は今回いろんなかたちで謎解きをしてみたいと思います。いろんなかたちで思考を巡らせてみたいと思います。とくに、若者の人たちというのはこれからの世界を担っていく方々です。そして、これから重要な時期を迎える方々であります。

「生きる」とは、奇跡であり、死に向かって歩むことでもある

今、いろんな価値観がありますけれども、もっとも重要な価値観は「生きている」ということ。なぜなら、生きていること自体が奇跡だからです。
なぜ奇跡なのか? 無限の奇跡とも言えると思いますけれども、なぜならば、今これから生まれるであろうチャンスがいっぱいあるからです。そしてまた、宇宙全体を考えたときに、いろんなかたちでのチャンスがあるからです。そういうチャンスを与えられてること自体が奇跡だと私は思うのです。
もし人生が本当に一番大切なものだとしたら、私たちのまわりにある価値観というのは、人間を生物として、ある意味では考えなければいけない点もあります。すべての種と同じように、私たちは“種”として生きなければいけない。
さまざまな人間は意識があります。記憶も人間にはあります。情動も感情もあります。思考もあります。文化を創り上げることもできます。文明を創ることもできます。そして、理性的に考えることもできます。抽象的に考えることもできます。そして、それでも、私たちは文明の一部にすぎないのです。
自然は、私たちに対して特権を与えてくれました。おそらく「私たち自身のことを考えろ」という意味で、私たちにこういった特権を与えてくれたのだと思います。
しかし、それぞれの生活というものを考えた場合にはどうでしょうか? おそらく、私たちが簡単に忘れてしまうものがあります。あるいは、忘れてしまっているように思えるものがあります。なぜならば、実際に生きるということ、それは基本的には死に向かって歩むことだからです。

人間は自分自身の人生の道を築くことができる

人間の人生は他の生き物の一生とは違うものがあります。というのは、ある程度まで、私たちは何かを創ることができる。すなわち、自分自身の人生の道を築くことができるからであります。なぜなら、私たちには意識があるからであります。
そのほかの動物はどうでしょうか? このような可能性をほかの動物は持っていません。私が考えるには、それは絶対的なものではありません。また、それはおそらく部分的なものかもしれません。しかし、いずれにしても、私たちは存在の方向性というものを作ることができるのです。
若いみなさま方、2つの選択肢があるのです。1つは、「生まれたから生きる」ということです。いずれのほかの生き物すべてと同じように、であります。また、もう1つの選択肢というのは「そこから出発して、私たち自身の人生というものを方向づける」。
そしてまた、それを自分自身で操縦していくということであります。すなわち、この奇跡のような生をうけたということの大義のために生きるのであります。
しかし、そのことは私たち自身の意思にかかっていることなのです。私たちがいかにコミットするかということに関わっているのです。すなわち、内部でどのような決断をするかということであります。
例えば、人生というものを気が向くままに生きるとすれば、例えば、私たちの歴史の中における市場、私たちはこの市場の中に生きています。しかし、その中で、あなたは自分自身の人生というものを動かすことができるのです。
どうしてこのようなことを私は言ったのでしょうか? なぜならば、人生についてコミットするということ。それは、私たちが多くの恩恵をうけているということを理解しているということであります。
文明という非常に素晴らしいもの。それからまた、世代に渡ってのものを受け継いでいく。そして、それによって可能になっていることが多くあります。今日(こんにち)、生活を異様にしているさまざまなものがあるのです。
しかしまた、非常に重要なことがあります。例えば、30年、40年、あるいはそれ以上の人生というものがある場合。またもう1つ、私たちが相続している、受け継いでいるものがあります。それは世界がこれからどうなっていくか、今後の世界というものに関係しています。
私たちはこれだけ多くのものを受け取ったのです。それであれば、私たちは、何かを今後の世代の人たちに残すことができるよう、貢献することができるのではないでしょうか? 
私たちの、そのかたちでの可能性がある、“種”としてのもの。それから人生に対してのもの。そういうものがあるわけです。だからこそ、私たちは「これからやってくる世界が、私たちが今生きている世界よりもよりよいものにしよう」という意思を持とうではありませんか。
ここで1つ疑問があります。これが質問です。生まれたから生きる。あるいは生まれたことを理解して、私たちの存在自体に方向性をつける。そしてまた、種としてのよりよいものに対して戦っていく、哲学、政治、倫理などがあります。そして、これらは同じ塊の中のものとしてあります。

人生のための時間をスーパーで買うことはできない

しかしながら、この市場というものについて、歴史から考えた場合、その中で経済というものは、倫理、とくに哲学というものから、分離することとなったのです。市場によって、非常に組織だった社会の中に生きるようになったのです。
そして、私たちの文明というのは、おそらくこういったことを忘れてしまったのではないでしょうか? ギリシャの古い原則です。すなわち、「過剰なものがない」ということ。これが意味することは、すべてには限界がある。リミットがあるということ。そして、それを認識するということであります。
どうして私は今このようなことを申し上げているのでしょうか? なぜならば、もし人生・生きているということが第一の価値であるとするならば、人生・生きるということは負担ではありえないのです。
例えば、スーパーマーケットに行って、いろいろなものを買うことができる。しかし、人生の年月というものを買うことができるでしょうか? スーパーマーケットではなんでも買うことができます。しかしながら、人生の何年間というものをスーパーマーケットで買うことはできないのです。
そして、私たちが私たち自身の存在というものに直面するとき、これは当然ながら、私たちは努力しなければなりません。私たち全員が尽力し、努力していかなければいけません。なぜならば、当然必要な物質、必要なものというのがあるからです。
そして、「できるのに仕事をしない」ということはあってはなりません。例えば、ほかの人の労力のもとに自分は働かずして生きるということ。これはあってはなりません。それはおそらく団結心が不足しているということになりましょう。同じ種のほかの者に対しての団結というものがない、ということになります。

買い物とは、人生の一部の時間を払うこと

ただし、生きるということは、単純に仕事をするということだけではないのです。ほかの言い方をすれば、ほかにいろいろなことをする必要があります。なぜならば、あなたがもし何かを買う時、それは、あなたは何かをお金で買っているのではないのです。
あなたが買うということは、それはあなたの人生の一部の時間、そして、その時間をお金を稼ぐために費やさなければならなかった人生の一部の時間で払っているのです。
そして、あなたは人生の時間というものをきちんと尊重しなければなりません。ですから、節度ということが重要なのです。なぜならば、時間は必要だからです。重要だからです。人生を楽しむために、享受するために、自由な時間というのが必要だからです。
すなわち、そのあなたの存在。そしてまた、それはもう戻ってこないものなのです。例えば、また別の生があるというふうに考えたとすれば、おそらくそれは心の慰めになるかもしれません。でも、この人生において、この生において、地獄と栄光があるとするならば、それは栄光のために、美しく生きるために戦うということが必要になるでしょう。
これは何を意味するのでしょうか? すなわち、浪費する、消費する、買うこと、買い物をするということ、例えば、それは必要でしょうか? 誰もそういうことを放棄することはできません。
この文明というものがもたらしたものがあります。ただし、ここで問題があります。それはやはり「私たち自身にリミットをつける」ということです。それは時間を得るためです。
地上にあるもっとも重要なものは“愛”

みなさんの人生の時間、例えば、若い時には愛のために多くの時間が必要でしょう。この愛というのは地上にあるもっとも重要なものなのです。人生の動力となるものです。もしもパートナーがいるのであれば、もし子供がいるのであれば、時間が必要です。子供に向き合う、子供と一緒になる時間が必要です。
もちろん物質的な必要性というものもあります。でも、もっと重要なのは、時間を持って、親愛を示す時間が必要なのです。モノというのは、親愛、愛というものをくれません。そうではなくて、「生きる」ということが愛をくれるのです。そのために時間が必要です。
しかしながら、この人間というのは欲のたくさんある動物であります。アリストテレスが言ったように、人間というのは政治的な動物です。なぜならば、他のものが必要だからです。例えば、1人で生きること、孤独で生きることはできないのです。あなたの存在というものは、そのほかのもの、社会の他者があるからこそ可能であり、また、確実なものとなるのです。
もしも心臓病があれば、もちろん心臓病のお医者さんが必要になります。自動車に問題があれば、もちろん機械に詳しい機械工が必要になります。人生のいたるところで他者というものが必要なのです。例えば、アイマラ族。こちらはアンデス山脈に住んでいる人々ですけれども。
ここで貧しい人、かわいそうな人というのはコミュニティがない人であります。すなわち同伴してくれる、一緒に生きてくれる、その人のグループであります。なぜならば、一番大きな貧困というのは孤独だからです。貧困というのはモノの問題ではありません。それはこの人生というものを共有するということが重要なのです。

人生のすべてを市場に委ねてはいけない

現在、多くの市場をもとにしたさまざまな文明が発達していきています。文明は一方では非常に素晴らしいものを築き上げてきました。
例えば、さまざまな素晴らしい技術を開発しました。非常に素晴らしい力です。そしてまた、非常に素晴らしいモノを得るということもできます。その力で歴史を推進してきた点があります。
しかしながら、永遠というものはないのです。
そういった進歩の反面で、負担も多く遭遇しました。例えば、市場で非常に負担な面ももちろんありますが、すべて悪いわけではありません。すべて否定しているわけではありません。先ほどのギリシャの哲学に戻りますけれども、過度がいけない、行き過ぎはいけないということです。
私たちの人生のすべてを市場にまかせてはいけません。私たちの人生、そして人生の冒険のすべてを市場の手に委ねてはいけません。
私たちは文明を築き上げました。そして、文明の発展の速度が、創造の速度がどんどん加速度的に早くなっています。そして、本来ならば、その速度にリミット、制限をつけなければいけないけれども、現在はそれを統治する術もなく、その市場の力が、まるで自立的な生き物のように、まるで動物のように1人で加速度的に進んでいます。
ある物語で、地球をひっくり返す魔術の棒を見つけた。でも、ひっくり返したはいいけれども、ひっくり返したあとにそれをもとに戻す術を知らなかったという話がありました。今、そのような状況が起こっています。

私たちは環境破壊を止める術を知らない

私たちがこれから先、何が起こるのかわからない、という状況もあります。私たちは自分たちの人生を統治できるように、支配できるようにしなければいけないはずですけれども。でも、私たちは市場の力を現在統治できないくらいになっています。
なぜこういう話をするか? 例えば、以前、京都議定書が結ばれました。その合意に基いて、環境破壊に何らかの制限を加えようとしました。それでも環境破壊を止めることは実現できませんでした。
私たちは、海の汚染がだいぶ前から始まっているということを知っています。知りながら、私たちは何もなす術を持ちませんでした。私たちはそういうリソース、手段を持っていないのでしょうか? なんて恥ずべきことでしょう。今までこれほど、人類でこれほどのリソース、そしてこれほどの能力を持ったことはありません。
世界中で1分間に200万ドルが軍事予算に使われています。しかし、これが最悪なのではありません。最悪なのは、こういった方向性を止めることができないことです。これはすべて何を意味してるんでしょうか? こういった例を数限りなくあげることができます。
でも、すべてに関して私たちはブレーキをかけられない。その結果、世界中の85人から100人のお金持ちが、300人の人の富と同じくらいの富を占めるようになってしまった。
これはどんな意味があるのでしょうか? 例えば、いっぱいお金を持っている人、あるいは富裕者から、何か学ぶことができるのでしょうか?

消費で残るのはモノの蓄積にすぎない

私が言いたいのは、文明のなかで多くのモノを浪費しすぎたということです。つまらないことに浪費しながら、一番重要なことには目を向けてこなかった。一番大切なことは幸せになることです。
でも、今までこれほど生産性が高まったことはないのに、分配の仕方が悪いために、今の私たち人類はそういった生産性の恩恵にあずかっていません。わずかな人が恩恵にあずかり、ほとんどの人がフラストレーションを抱えています。これは何を意味するのでしょうか?
非常に美しい大義というのがあります。この大義というのは、人生に美しい意味を与えること。そして、人生の存在に意味を与えること。そして、種全体がよくなること。これが大切な大義であるはずです。
もちろん、いろんなかたちで屈服したままで負けて生きることもできます。そして、単なる守りに入ることもできます。そして、多国籍企業のためだけに一生を捧げるという人生もあるでしょう。
でも、私のようにリウマチ持ちの老人になったときに何が残るでしょうか? あなたは、ローンの支払いを一生続けるために生きてきた、というふうになるでしょう。
2年ごとに新車を買いたかった。家が小さいから、さらに大きい家が欲しくなった。それでいろいろ負債を積み重ねて、いろんなことをして負債に追われる。自分でさまざまなモノを買うこと自体を楽しみにして、自分の人生の時間を浪費してしまうわけです。そういうかたちで残るのはモノの蓄積にすぎません。
でも、それは私たち頭の中で考えなければいけません。考える術はこの頭の中にあります。ですから、この頭を使えば、あなたは自分の人生を誘導する、導いていくことができるはずです。

私は貧しいわけではなく、質素が好きなだけ

みんな、私のことを貧しいと言いますが、私は貧しいわけではありません。私は質素なだけです。以前は「慎ましい」(austerity)と言ってましたけれども、それはもう好きではありません。
「austerity」はヨーロッパの緊縮政策と結び付けられるので、今は好きではありません。私は単に質素が好きなだけです。私にとって重要なモノさえあれば、十分なのです。
質素であるほうが、私が本当にしたいことができる時間があるからです。私にとって大切なのは、例えば社会運動もそうですけど、ほかの人にとっては絵を描くことが大切かもしれません。
魚釣りをすること、遊ぶこと、あるいは、毛糸を編むことが大切な人もいるでしょう。あるいは友人と遊ぶことが好きという人がいるでしょう。そういう時間を過ごすことが自由であるということです。
ですから、いろんな大げさな言い方、フランスのいろんな言葉で飾るような人たちがいますけれども。でも、本来の自由というのは、自分がしたいことをできるというのが自由です。
ほかの人に強制することなく、ほかの人の考え方を阻害することなく、それぞれの人の考えを尊重したなかで、自分がやりたいようにできること、ほかの人がやりたいようにできること。それが自由です。
そのために必ずしもモノが必要なわけではありません。ですから、本当に本当に必要なモノがあれば十分なわけです。
ただ、どんどん必要にさせられていく。市場に操られてどんどん必要なモノが増えてしまうと、それは決してあなたは自由ではなくなります。なぜならば、あなたの大切な時間が、その市場によって失われてしまうからです。そして、あなたが欲しいモノを買うためにあなたの自由な時間が失われてしまうのです。
もちろん私がこうやって話したからといって、若者のみなさんに同感してほしいと思っているわけではありません。決して、みんなに同感してほしいと思っているわけではありません。みなさま方自身が自分にとって何が一番大切なのか、何が一番いいのかを考えてほしいのです。

誰でも抱える矛盾をいかに抑えていくか

私たちは2つの矛盾する力によって作られています。すべての生命は誰でもエゴイズムを持っています。
例えば、自分を守るため、あるいは自分が大切に思う人を守るために、エゴイズムというものがあります。エゴイズムというのは、自然が私たちに与えてくれた、ある意味では自然のものでもあります。
ただ、また同時に、もっと違った素晴らしい遺産を持っています。それは文明であったり、文化であったり、知識であったり。それは前の世代が築き上げたものであります。前の世代が築き上げた文明です。そして、世代間の団結、あるいは連帯です。
だからこそ私たちは、そういった大切な感情を中に秘めています。そういった感情を教育によってさらに精度を高めることができます。そして、正しく生きることによって、そういった感情を高めることができます。
それを高めることによって、自分で自分のエゴにブレーキをかけることができるわけです。そして、重要な教訓を学ぶこともできるのです。
一番大切なのは、ともに助け合うこと。そして連帯、協力です。それは男性、女性含めてすべての人間の協力であって。それが創造力になり、モノを創る力になります。そして、チームワークで働くからこそ、私たちの人生をよりいいものにすることができるのです。そういった意味で他者の存在というのは非常に大切です。
こういった、私たちが誰でも抱える矛盾をいかに抑えていくか、支配していくか。
ただ、人間は神ではありませんし、絶対、神にもなりませんし、パーフェクトな存在には決してなれません。こういった社会というのは今も問題を抱えていますし、将来も問題を抱えるでしょう。それは人間が神ではないからです。
私たちは情熱を持っています。エゴイズムを持っています。そして、利害も持っています。そして、間違いも犯します。正しいときもありますけれども、試行錯誤もします。そして、集団で生きなければいけません。でも、矛盾を抱えています。ですからこそ、政治が必要なのです。

完璧な社会がありえないからこそ政治が必要

アリストテレスが言ったように、人間は政治的な生き物である。なぜならば、人間は矛盾を抱えるからです。なぜならば、完璧な社会などありえないからです。そうであるからこそ、政治というのはさまざまな試みをして、そういった差が共存できるように運営しようとするのです。
紛争というのは必ずあります。社会的な生活のなかには必ず紛争がありますけれども、それをいかに共存可能なものにしていくか、というのが政治です。もし私たちが神であるならば、政治はいらないでしょう。もし完璧であるならば、政治はいらないでしょう。
ですから、政治というのは、何らかの組織の中で座っているということを意味するのではありません。そうではなくて、そのほかの社会全体のことについて、心を砕くということなのです。なぜならば「政治は重要じゃない、関心がない」ということを言うときにも、1つの政治的な立場というものを持っているわけです。
なぜならば、他者のものによって自分の靴を買う。あるいは他のモノを消費するわけです。例えば、どういうような家に住むでしょうか。あるいはウエディングドレスを買うかもしれません。すべて、最終的にはこの政治のあり方、社会の行く末にかかっているのです。
例えば、政治というものを放棄するということ、これは少数の者がそれを制御するということを意味します。
私たちは多くを生きてきました。文明というのものは多くのモノを残してくれました。例えば、共和国。もちろん、多くの過ちも一緒に。

誰もがほかの誰よりも上ということはない

誰もがほかの誰よりも上ということはなく、基本的に男も女も、少なくとも理論的に同じ権利を持っています。青い血はない。例えば、公爵、伯爵というものもない。
そのためにどれだけの犠牲が必要だったでしょうか。どれだけの犠牲があったでしょうか。このような基本というものを固定するためにどれだけの犠牲が払われたでしょうか。
もちろんすべての人にとって、その出発点というものは違います。なぜならば、民主主義というものは完全ではないからです。人間の誤りというもの、それからまた限界というものもたくさんあります。
しかし、それは無限の戦いなのです。つねに改善するために、つねによくして、変革していくためのものです。それぞれの心の中で、よりよくするために、そのためにも、私たちは私たちの社会をよくするために戦わなければなりません。それこそが人生の、生の大義なのです。
そして、それこそが私たちの存在に意義というものを与えるものでしょう。そして、それは大きな責任です。とくに、このような素晴らしい大学で勉学する者、そういうような素晴らしいチャンスを得たものにとってはそうです。
そのようなチャンスがあるのであれば、よりその責務というものも大きくなるでしょう。社会に手を差し伸べ、そのようなチャンスを得ることができなかった人のために役立つという大きな責務です。
もちろん、ここで考えなければなりません。子供たち、それから老人たちというような、脆弱な人々がたくさんいます。しかし、そのなかで考えなければなりません。
私は非常に批判的である、ということは言えるかもしれませんけれども、悲観主義ではありません。反対です。私は人生を愛しています。そしてまた、青少年を愛しています。ですから、ここで申し上げたいことがあります。

人生でもっとも重要なことは「歩き続けること」

もっとも重要なことは勝利することではありません。人生でもっとも重要なことは「歩く」ということです。歩き続けることです。
これは何を意味するか? すなわち転ぶたびに起き上がる。それから、また新たに何かを始める勇気を持つ。何かに打ち負かされたときに、また立ち上がる、ということです。
すべての分野で重要なことは愛です。愛というものを私たちは生きるべきです。例えば、仕事があります。そしてまた何かが起こって、そしたまた、例えば収監される。そしてまた、牢獄に入れられる。
しかしながら、またそこから開放される。そしてまた、生き始める。そして、息をすることができる。いずれにしても、あなたの体が動くうちは、毎朝体が動く、そして生きているという、この奇跡というものを歌い上げるわけです。
人間より強い動物というのはいません。非常に素晴らしいものです。しかしながら、それで自分自身を満足してはいけません。学ばなければなりません。そして、つねに心を持って行動しなければなりません。
すると、大きな教訓を得ることができます。完全に勝利を収めることは絶対にありえないのです。つねに何か欠けているものが出るでしょう。しかしながら、絶対に完全に敗北するということはありません。
実際にどういうことで勝利を得ることができるのかといえば、それは、意思を持って生きるということです。それは例えば、この人生の最終地点に、何らかのゴールとしてのアーチがあって、そこに到達するということではありません。
そうではなくて、自分自身が意思を持って生きるということです。そしてまた、生きる力によって立ち上がるのです。

人生を1人で歩まないでください

政治的な立場、モラル的な立場があります。政治的な立場は、必ずしもなんらかの政党に属するということではないのです。どこにあるとしても、そういうような立場を考えることができます。
すなわち、私は「人生」という党に属しています。残念ながら私はまだ神というものを信じるに至っておりません。もし信じることができるのであれば、人生の最後のときにおそらく神様に「もう一度生きさせてください」と頼むかもしれません。
しかし、私たちはこの「生きる」という奇跡を得ています。みなさん、どうぞよく生きてください。そしてまた、毎晩あなたのベッドに入ったときに、例えば5分間使って、その日1日のことについて考えてください。
なぜならば、それぞれ自分自身の中に、それを評価する、審判する者がいるからです。ですから、自分自身に聞いてください。良かったのか、悪かったのか。そしてまた、それをもとに、より良い明日を築くようにしてください。
それから、ぜひ家族を持ってください。家族というものは、単純に血のつながった家族ということではありません。そうではなくて「考え方の家族」という意味です。同じように考える人です。人生を1人で歩まないでください。
ですから、なんらかの情愛、それを1つも持たないと、1人で歩かなければならないことになるでしょう、非常に重い孤独の中で。
しかし、もちろん私たちは神ではありません。私たちは人間です。もしほかの人に対して非常に大きな要求をするとなればどうなるのか。人間というのは完璧なものではないので、友人を得ることができなくなるでしょう。そして、1人で歩かなければならなくなるでしょう。
ですから、例えば社会というものを得る場合には、寛容性が必要であるとも言えます。なぜなら、人間というのは完璧ではないからです。だから、寛容性が必要なのです。

金融が肥大化しても生産は大きくならない

現状、私たちの身の上にはさまざまな問題があります。非常にグローバル化した世界に私たちは生きています。私にとっては、2つの基本的な問題が感じられます。
まず1つは、金融資本が爆発的に大きくなっているということです。それが「通貨をもとにした生活」を大きく変えているのです。
これはまさに、お金が重要になっている。そして、お金を得るために、人生のなかで大忙しで、あっちに行ったり、こっちに行ったりとしているわけです。
この金融の資金が非常に多くある場合、しかしながらそれは、例えば生産を大きくするものではない、ということもあるわけです。経済はこの金融を中心に成り立っている。それによって公共をなくし、みんなが忙しく動き回るようになった。
そして現在、非常に大きな困難が世間の中にあります。非常に莫大な量のお金があります。これはさまざまなかたちで、投機的に使われています。大量のお金です。すなわち、それらは単純に生産に向かっているわけではありません。
またもう1つ、ほかにも深刻な、重大な問題があります。私たちの文明のガバナビリティー(統率力)というものがない、ということです。
なぜならば、それは非常に大きなものになっているからであります。そして、この文明というものが、非常に大きく変わってきているからです。例えば、大量のナイロンが太平洋の中に浮遊していたりするわけです。

世界ができることは、数限りなくある

じゃあ、どうやってこれを解決することができるのでしょうか? 「人間は気候を変えることができない」誰が言ったでしょうか。例えば、アフリカ大陸の国々があります。技術的に可能なことがあります。
これは例えば、蒸気の鍋を使うことができます。それから、水蒸気の量があります。そして、それによって砂漠の問題を対処できるでしょう。
そういったことが、すべて可能です。塩水で農業を営むこともできます。塩水で生きられる種も多くいます。97の化学記号というのは、すべて海水から発見されています。世界ができることは、本当に数限りなくあります。
でも、そういった大切な決断をする人が誰もいません。誰もそのために必要な課税をすることができません。30年前からトービン税という話が出てきますけれども、トービン税というのは資本取引に対してわずかの税をかける、そしてそれによって投機を抑えようという税金ですが、それもまだ実現していません。
なぜかというと、金融資本のほうが生産資本よりも重要な地位を占めているからです。私の小さな国でもお金持ちがいます。最後の1ペソまでインフラに投資しているお金持ちもいます。
でも、別のぜんぜん投資しない金融資本を、例えば今、パナマでもパナマ文書というのが問題になっていますけども、自分の資本を増やすためにだけ、いろんなタックスヘイブンを使ったりしてお金を動かしている人もいます。こういう状況があるんです。
ですから、みなさんのような若者は、こういった状況に対して戦わなければいけません。こういった非常にバカげたこと、悲惨なことを止めるために何かしなければいけません。
これは誰も問題を解決できないという問題ではありません。人間がまとまれば、組織すれば、戦うことができるのです。まさにそうすることこそが、人類の連帯、団結という意味だと思います。

10年の投獄について「非常につらい時期だった」

最後になりますけれども、私は若いときに多くの本を読みました。そのあと、世界を変えたいと思いましたけども、変えることはできませんでした。それで10年ぐらい刑務所に入れられました。非常につらい時期でありました。
でも、それほどすごく厳しい時期を過ごさなかったら、今学んだようなことは学ぶことができなかったと思っています。ほかの人と同じように、踏みつけられたり、ゴミのように扱われたこともありました。
例えば、軍事独裁であるとか、その圧政もありましたし、私の同志たちと一緒に収監されたこともありましたけれども、最終的に大統領になることができました。でもそれ以上に、「もっといっぱい、いろんなことを実現したいな」と夢見たこともありました。いっぱい途中で挫折して、実現しなかった夢もありました。
じゃあ、何が残ったのか? 私はほかの人がその道を続けられるように、その道を耕してきたと思います。なぜならば、闘争は永遠に続くからです。私はほかの人たちを知ることができました。
以前、私が収監されて、若くして「世界を変えよう」と思って辛い時期を過ごしたときには、孤独を慰めるために、私自身に多くを語りかけました。
ひょっとしたら全部には到達できないかもしれないですけれど、10ぐらいには到達できるかもしれません。つねに自分が切り開こうとした道を、自分が掲げた旗を引き継ごうとする人は必ずいるはずです。

人生を信じられるように何かをしてください

日本ではなかなか希望を持てない、というふうに聞いています。前に聞きましたけれども、若者の30パーセントぐらいしか投票に行かない、と聞きました。
……信じてないんですね。でも、もし信じられないんだったら、信じられるように何かをしてください。人生を信じられるようにしてください。
何か悪いことがあって、それを変えたいと思うこと、不満を持つことはいいことです。単に何もしないで不平ばっかりを言っているのでは、まったく変わりません。一緒に同じ気持ちを持つ人と、まとまって一緒に何かをしなければいけないと思います。
それがあなたの人生に、あなたの存在に意味を与えることだと思います。そうじゃなければ、あなたの失望が勝利してしまうでしょう。生きるためには希望が必要です。もし希望のない人生になってしまうとしたら、どうでしょうか?
今までずっと講演を聞いてくれた若者のみなさん、本当にありがとうございました。もちろん別に同感してほしいとか、そういう思いで話したわけではありませんけども、寝るときに私が言ったことを、ぜひ考えてみてください。
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Peace!!




シルナイロン素材のシームシーリング Seam-sealing

シルナイロン素材のテントなどの縫い目の防水処理。
このビデオの方法が最も理論的かつ実践的。


How to Seam Seal a Tarptent from Tarptent on Vimeo.


シリコンをシンナーで薄めて暖かい蜂蜜くらいの濃度に。
スポンジを刷毛に使って縫い目に押し付けるように塗る。
で、ペーパータオルでこれも押し込むようにふき取る(←このふき取り作業が自分には新しい!)。
数時間から一晩乾燥させる。
ベタつきなくなって匂いも消えたら完了。

Peace!!




カウスピラシー

leo.jpg
レオナルド・ディカプリオがエグゼクティブプロデューサーとして参加したニューカットはNetflixで見れる。

メッセージもしっかりしてるし、フィルムとしてもとてもよくできている。見る価値あり!

COWSPIRACY カウスピラシー

Vimeo

「カウスピラシー」 from Happi Vore on Vimeo.



YouTube



Peace!!




無垢の木の食器のお手入れ

無垢の木のボードやお皿やスプーンなどの表面が乾いてきたと思ったら、オイルをキッチンペーパーに含ませて、全面に塗り込む。
器の寿命を延ばし、美しい経年変化を得る。

オイルは、荏胡麻(エゴマ)かくるみ(ウォールナット)のような乾性油。オリーブオイルなどの不乾性油では拭いたあとにもベタつきが残る。

器が乾燥してささくれたり、欠けたりしてしまったときは、サンドペーパーで修正。
#180 #240 #320くらいので徐々に仕上げる。

Peace!!


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